どうでもいい過去の事だったが、それでも克哉はそれを記憶から消すことはなかった。
眼鏡を掛けた自分が太一を犯した日、太一が自分に浴びせた言葉。
眼鏡を掛ける事を決心させた言葉。眼鏡を掛けた自分が、太一に対し行過ぎる行為をさせる原因になった言葉。
「克哉さんはいいよな。大切なものなんかないから」
「泣いて這い蹲っても欲しいものなんかない」
大切なものがない。
それは、太一が自分に対し「生きている意味などない」と言ったのと同じだと思った。太一はその事をはっきりと自分に宣告したのだと。
その時の克哉は、どうしてもそれが許せなかったのかもしれない。
そして同時に、もう一人の俺ならその意味を覆せるかもしれない。そうどこかで願ったのかもしれない。
でも、それももうどうでもいい遠い過去のもの。
なのに、克哉は思い出したようにその言葉を口にした。
「太一・・・オレはようやく手に入れたんだ・・・泣いて這い蹲ってでも欲しいもの・・・・ようやく・・・・・手に入れた・・・・・」
そう言いながら言葉通り床に這い蹲り、太一の足元に縋り付く。
涙が流れている。でも泣いてはいない。笑っている。恍惚の表情を浮かべながら。だらしなく口元からは唾液が垂れていた。
大分痩せた身体。太一は克哉を見下ろす。
あんなに柔らかく綺麗な筋肉をしていたのに。滑らかな肌をしていたのに。今は見る影もない。
オレが奪ったから。この人から綺麗なもの全部奪ったから。
「オレは太一だけが欲しいよ・・・・・他に何もいらない・・・・だから、もっとオレを愛して・・・オレだけを愛して」
虚ろな目をして言う。蒼い瞳も白く濁った魚のようになった。
そうだね。そうしよう。
克哉さんがそれを望んだんだもんね。オレが叶えてあげるからね。