雨
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こんな事をする程子供でもないだろう、今の僕は。
それともあの時から何も変わっていないのかな。
君といた10才の僕は今と同じように雨に濡れていた。
夏の蒸した夕暮れ。
急激に立ち込めた黒い雲が空を覆って稲光が光った。
最初の一粒は君の上に落ちたね。
痛い位の重さを持った粒に打たれながら君は楽しそうに笑っていた。
「とし君、傘なんかいらないよ!」
そう叫んだ君は青い傘を閉じ、僕を振り返る。
君と一緒だったから、僕も傘がいらなくなった。
頭から、額から、いくつも筋になって水が流れ、髪が顔に貼りついた。
全身ずぶぬれになりながら、僕は何だか可笑しくて可笑しくてたまらなかった。
あんなに大声で笑った事はもしかして初めてだったかもしれない。
そんな僕の笑い声も雨音はかき消した。
灰色の景色。雨の中を走る、走る。
君と並んで。
聞こえるのは鳴り響く雷、地面と叩きつける雨音、僕らが道路を蹴って上がる水飛沫の音。
靴が大量の水を含んで気持ち悪いくらいずぶずぶといっていた。
君が僕に何か言っている。
嬉しそうに僕に顔を向け口が動いているけどよく聞こえないよ。
「なぁーに――――?」
思いっきり叫んだ。
「きもちいいね、とし君!」
君も思いっきり叫んだ。
「そうだね、きもちいいね!」
こんな子供じみたこと、君とじゃなきゃ出来ないよ。
充分子供だった僕はそう思った。
そう思いながらまた大声で笑った。
目にも口にも雨がたくさん入った。
全部流れていった、余分なもの、余分な気持ち。
あの時僕は僕を叩きつける雨に君と打たれている事だけ、それだけで体中いっぱいだった。
でもね。
雨は止むんだ。
あんなに僕らを濡らして、笑い合って、後戻りできない位高鳴った鼓動も。
みんな置き去りにして去ってしまった。
残ったのは何だったかな。
いつもより水嵩を増し、茶色い水がごうごうと流れる川。
下着までぐっしょり濡れ、冷たくなった体。
僕らはそのまま川を眺めた。
ねぇ吾郎くん。
10才だった僕はその時、もう知っていたよ。
こんな瞬間がやってくること。
なんでだろうね。
きっと遺伝子の中に組み込まれているんだね。
でも。
君だってそうだったくせに。君だってそんな事分かっていたくせに。
どうして何でもないような顔をしていたんだい。
貼りついた服を笑って、「さむいね。」って言った。
さすがにあの時の僕は君を抱きしめ暖めたい、とは思わなかったよ。
今でも僕はこうして同じように雨に濡れている。
こうしてると、あの時の僕と何も変わっていないんだ、って呆れてしまう。
あの時みたいに、隣りに君はいないのにね。
それでもこうして全部流してしまいたくなる。
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