おとさんはいつも苦しんでいた。
『野球が好きだ』
そんな単純なものだけでは済まない世界。
好きな事を生きる糧とする喜びなど、もうとうにない。
そして、それでも父が野球に縛られているのは自分の為だと思う時、吾郎は苦しかった。
僕がいなければ、きっとおとさんは野球にしがみつく必要なんかないんじゃないか。
僕のために、おとさんは無理をしているんじゃないか。
父を解放してあげたい。
ふとそんな事を思う事もあった。
だけど、自分からそれを口にする事は出来なかった。
「これで清々したってもんだよな。」
父は自嘲するように大きく息を吐きながら言う。
「吾郎?お前だってそうだろう?おとさんのあんな情けない姿、もう見なくてもいいんだぞ。」
「情けなくなんかなかったよっ!」
おとさんの言葉を聞いた瞬間、思わず涙声で叫んでいた。
「僕はおとさんの事、情けないなんて思ったこと、一度もなかったよっ!
だっておとさんはいつでも一生懸命だったじゃないか!
どんなに怪我で苦しんでも、弱音も吐かないでリハビリしてトレーニングして。
僕はそんなおとさんが大好きだよっ!ちっとも情けないなんて思ったことなんかない、なのに、なんでおとさんはそんな事言うんだよっ!
そんな事言う、おとさんの方が、よっぽどきらいだよっ!」
いつの間にか、胸元に拳をぶつけ叫んでいた。
父の胸元はそんな事ではびくともしないくらい固くたくましい。
なのにどうしてうまくいかないんだ。
こんなにおとさんはがんばっているのに。どうして努力だけじゃ報われないんだ。
僕は、おとさんがどんなに悔しい思いをしながらがんばっているのか知っているのに・・・・。
やり場のない悔しさに涙が零れる。
「そうだな、吾郎。そんなおとさんなんか、嫌い、だよな。」
一言一言、区切るような声に、はっと吾郎は顔を上げた。
まだ、頬には涙が伝っている。
しかし自分を見詰める目に思わず体が凍りついた。
「吾郎。おとさんはな、悪い人なんだ。
吾郎が思ってるより本当はずっとずっと悪い人なんだ。
だから、吾郎はおとさんのこと、嫌いになっていいんだぞ。」
「・・・おとさん?」