ホシイモノ
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欲しい物を口に出すことは恥ずかしい事だと思ってきた。
どう言う訳だか、それは幼い日から当たり前のように僕の中で根付いていた。
トシクン、オタンジョウビノプレゼントハナニガホシイノ?
ううん。ボク、ほしいものなんかないよ。
アナタハ、本当二ヨクノナイコネ
そんな時の母の顔は自愛と謙遜が入り混じった甘ったるい表情していた。
僕は横目でそれを見ている。
そう言えば、この人は満足する。
僕はいつそれを知ったのだろう。
幼い日。
デパートのおもちゃ売り場。
駄々をこね、泣き叫び、床に寝転ぶ子。
それを冷めた目で見ながら「ぼくはああならない」と思った。
僕は素通りする。
欲しい物の前を、一瞬だけ立ち止まって、それでも何事もないようにその前を通り過ぎる。
誰も僕のホシイモノには気付かない。
僕が、何かを欲しがっていることなんて、誰も知らない。
それでいいんだ。
求めることは罪だから。
自分から、何かを求める事は、罪なんだから。
「寿也」
不意に声が掛けられた。
僕の意識は、どこか遠い所にいたらしい。
「あぁ、ごめん」
誘ったのは僕からだった。
「ちょっと欲しいものがあるんだけど、買い物付き合ってくれない?」
「へぇ、珍しいな」
そう言って君はニヤリと笑った。
本当は、君の誕生日プレゼントを用意しようと思っていた。
懸命に、君が欲しいと思うようなものを考えたけれど、やはり僕には思い浮かばなかったから、いっそのこと君に選んでもらおうと考えた。
久々に電車に乗り、僕等は繁華街にいた。
日中は暖かいと言っても、風が吹くと少し肌寒い。
思わずパーカーのチャックを一番上まで引き上げた。
そんな僕を見て、君はポケットに手を入れたまま笑っている。
「僕ね、親にも自分の欲しいものを言えなかったんだ」
そんな唐突に思えるような言葉に君は、特に気に留める風でもなく「ふーん」と言った。
「そりゃ遠慮、ってやつか?」
「言葉にするとそうなるんだろうね。どうしてだか自分でも分からないんだ・・・・・
おかしいよね、実の親に遠慮するなんて」
―――――きっと、そんな僕だったから・・・・
思考は堂々巡りへ向かう。
「俺もな、欲しいものなんか言ったことねぇ」
「え?君はどちらかと言うと、地べたに寝転んで駄々こねるタイプに見えるよ?」
「あー、そんな事もよくやったな」
「やっぱり言ってるんじゃないか」
思わず笑ってしまった。
幼い君が、全身で感情を発散させているのが目に浮かび、それがとっても君らしくて微笑ましかったから。
それが本来の子供の姿だと思う。
きっと僕は子供らしくなくて、すれていたんだ。
「何買ったって、本当に欲しいモノなんか手に入った事ねーよ」
ぼそっと呟いた君の言葉が急激に僕の胸に刺さった。
僕はそのまま俯き、顔が上げられなかった。
目を見開いたまま、足元の一点を見詰めたままただ歩く。
涙が零れそうになるのを必死でこらえたけど無理だったから、君に気付かれないように瞬きをした。
僕の過去、君の過去。
今、こうして僕等は並んで歩いているけど、辿ってきた道はこんなにも違う。
欲しいものから目を逸らして生きてきた僕と、欲しいものを奪われた君。
どうして僕は、今君とこうして歩いていられるんだろう。
僕の欲しいものなんていつもちっぽけなものだった。
素通り出来るほどに。目を逸らせられるほどに。
ならば今。
こうして君と並んで歩く今、僕ははっきりと思う。
ほしい、じゃない。
「僕は君が欲しがったりしなくても」
「あん?なんだ?」
僕が君の永遠の人になる。
2007.11.5
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