春の日
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「少し窓を開けてみようか。」
長いこと座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり南向きのサッシを開く。
「今日は暖かいね。」
風もなかった。
彼の返事はない。もう長い間。
それでも僕は、振り返った彼に向かい微笑みかけるともう一度外を見た。
春の匂いがする。花の匂い、土の匂い、それらに陽が当たり、柔らかく薫り立つ。
遠くには黄色い菜の花達が咲き誇る。きっとこの地で当たり前のように繰り返されてきたサイクル。
遠くに子供等のはしゃぐ声がした。
「懐かしいね、あの頃が」
記憶はすぐそこにある。
暫くそうして外を眺めていたが、再び彼の元へ戻ると手に手を取った。
穏やかな気持ちになる。
骨太だった骨格せいか余計にその線が浮き出てくっきりとした影を作っている。
手の甲をなぞると落ちた筋肉から離れるように皮膚がずれた。
――――介護は新しいセックス
そんな言葉を言ったのは誰だったろう。それすら思い出せない。
結局ここまで来なければ逃れられなかったのか。自分の性から。
いや、ここまで待ってしまったのが自分の性なのか。
今となってはそれを呪う必要もないだろう。
きっと誰かが同じ事をしていた。僕でなくても、こうして誰かが君の傍で
君を見詰め君に食事を摂らせ君の排泄を手伝う。
たまたま僕だっただけだ。それだけの事だ。
丁寧に君の身体を拭く。
この身体の全てが狂おしく思えた日もあった。
ようやく僕は解き放たれたらしい。
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