太一は弦から指を離すと、椅子に座ったままゆっくりと髪をかき上げ、顔を上げた。

前にあるマイクスタンドに手を伸ばし、引き寄せる。




あ・・・・




太一の口から声が流れると、克哉の身体は小さく反応した。

ライブも終盤に差し掛かり、少し掠れた太一の声がブルースの旋律を唄う。

気だるげで力の抜けた声。それでいて安定感があり、どこかセクシャルな響きをはらんでいる。

俯き加減の太一の顔に、前髪がハラリと掛かった。


何か・・こういう歌を歌う時の太一って・・・色っぽい・・・


舞台袖で、一人太一の横顔を見続けていた克哉は、突然ゾクリと身体を震わせた。

不意に、昨日の太一の姿が頭をよぎったのだ。

昨日の夜、太一が自分にしたこと。


『克哉さん・・・・オレのコレ、欲しい?』

太一の声が耳の奥で甦り、響く。

吐息と共に耳元に囁かれた言葉。

同時にスルリと服を割り込んできた太一の手。

太一の指が触れた場所が、その感触を反芻する。




『すっごい。これだけで克哉さんのココ、もうこんなに濡れてるんだ』


甘さと、どこか突き放すような残酷さを持った太一の声。

その声に自分は弱いのだと思う。

太一が自分に言葉を投げ掛ける度、小さく抵抗を感じながらもその言葉に酔い、受け入れる。

身体が、太一の言葉を待っている。



だけど・・・・だからって・・・・・

オレ・・・・こんな時に何を考えているんだよ

太一が歌っているところを見たってだけでこんな・・・・・



克哉は慌てて頭の中の太一の声を振り払おうとした。

今、聴こえる太一の歌声に意識を集中しようとする。

なのに、身体の奥から湧き上がる熱は治まろうとしない。

鳴り止まない太一の声が纏わりつく度、身体は勝手に太一が触れた感触を思い出していく。




しっかりしろ・・・オレ・・・・

大事な太一のステージじゃないか・・・そんな事考えてる余裕なんかないだろ・・・




そう思いながらも、呼吸が小刻みに荒くなる。

上気し、困惑した表情でステージで唄う太一に目をやった。

太一はワン・コーラス終え、抱えていたままだったギターをゆっくりとスタンドに立てている。

そしてそのままおもむろに椅子から立ち上がると、素肌に羽織っていたオレンジ色のベストを肌蹴た。



太一・・・?

そんな演出、なかっただろ?



太一は腕からベストを脱ぎ去ると、すとんと床に落とす。

露になった上半身と、腰のラインに克哉は目を奪われた。


ドクンと心臓がなる。



太一の身体。

今、ああしてたくさんの人の前に立って歌う太一と、昨日、オレの身体を触れていた太一。

あの肩も腕も背中もみんな同じ。



だけど・・・

太一のあんな姿・・・・・オレしか知らない。

あんな淫らな目の太一。オレを征服しようとする雄の顔。

それが自分を離さない。



「太・・一・・・」

助けを求めるように、小さく名前を呼んだ。

舞台袖で一人、立ち尽くしたまま欲情した身体をどうする事も出来なかった。

はっきりと思い出してしまった昨日の記憶に、疼きだしてしまった身体が止まらない。



「太一・・・・オレ・・・・」

声が震える。



今すぐ太一に触れて欲しい。

今すぐ太一の舌をこの口に差し入れて欲しい。

今すぐ太一の指でここに触れて欲しい。


だめだ・・・こんな所で・・・オレは・・・・何を・・・

足に力が入らない。

ここにこのままこうしていたら、オレは何をしだすか分からない。

克哉はふらりとステージに背を向けるとフラフラ歩き出した。


「ごめん・・・太一・・・・・」


誰もいない太一の楽屋のドアを開ける。


ガチャン

鍵を掛ける音が廊下に響いた。


楽屋にはモニターにステージの様子が映し出されている。

暗いステージの上、太一の肌をブルーのライトが照らしていた。

虚ろにそれに目を向ける。


自分の呼吸が酷く熱く感じる。

指を口の中に押し込んだ。

昨日、太一がそうしたように。

背後から羽交い絞めにするよう腕を回し、無理やり唇を押し広げ割って入れた太一の固い指。

息苦しさを感じながらも、始めはゆっくりとその指に舌を這わせ、吸い付き、いつしか貪っていた。

唾液が指を伝って流れていくのを感じながら、夢中でしゃぶりついていた。


太一のもう片方の手が下半身に伸びる。

服の上からさするように、克哉のものを弄る。

中途半端な刺激に、克哉の欲情は助長される。


記憶を反芻しながら、克哉は太一がした事と同じ道を辿った。

ベルトを抜きファスナーを下ろしそっと握りこむ。



『すっごい。これだけで克哉さんのココ、もうこんなに濡れてるんだ。』


太一の言葉。

克哉を惑わせる囁き。


知ってる癖に。

分かってる癖に。


濡れている液体を撫で付けるように優しく周囲にのばしていく。

真綿が触れるような繊細な感触に思わず身震いする。

かと思うと、突如先端に戻った指先の爪で孔の入り口を抉った。



「っあ・・・」

与えられた刺激に背中が仰け反る。


・・・・こんな風に太一は


太一の手の感触を真似る。


「た・・ぃ・・ち・・・」


自分の指で、こごもる声で名を呼んだ。

太一の歌声は止まらない。


ごめん・・・太一・・・・・オレ・・・・・どうしようもないんだ・・・・


なのにそんな罪悪感さえ、快感の手助けにしかならないのも、どこかで自覚していた。

「たいちぃ・・・・・もう・・・だめ・・・」




自身を握る手が、次第に早まる。

『克哉さん、まだイッちゃだーめ』


太一の声がする。

そんな事を言って、手を弛めてくれた事などない。


「太一っ・・・・ぁあっ・・・はぁ・・・・」

きつく最後に握り締めると克哉は、一人、吐精した。


荒い息のまま、ガクリと白いテーブルに肘を付く。



オレ・・・・・何やってんだよ・・・・こんな時に・・・・・・・




ノロノロと身体を上げると、汚してしまったテーブルをティッシュで拭き取る。

一時の熱を吐き出してしまえば、後に残るのは純粋な罪悪感だけだった。


ライブ中に、一人でしてしまうなんて・・・オレは最低だ。

気だるげに身を整えると、鏡に映った自分の顔を直視する事も出来ないまま楽屋を後にした。



袖に戻ると、太一の歌は強いドラムの音に乗ったアップテンポの曲に変わっていた。


「あー、佐伯さん、どこ行ってたんすか、これが終わったらあとアンコールっすよ?」

忙しなくスタッフが声を掛ける。


「あ、すみません・・・」

思わず言葉が濁る。太一を迎える準備をしないと・・・







■■■







メンバー達は、昂揚した明るい表情と、熱い汗と共にステージから戻った。

その中心に太一の顔がある。

満足げな明るい太一の表情を見ると、克哉の心も晴れやかな気持ちになる。


「太一、お疲れ様!」

ニッコリと笑うと、克哉は太一にタオルを渡そうと声を掛けた。

太一の視線が克哉に向かう。


「・・・・!?」


反射的に克哉は強張った。

そこには思いも寄らない太一の冷やかな視線があった。

周囲に向ける目と、明らかに色が変わっていた。

まさか今、太一がそんな目をするなど克哉は予想していなかった。




だけど、確かに自分には後ろめたいものがある。

ほんの先刻まで、自分がした痴態。

咄嗟に全て思い出してしまった。

思わずそのまま俯き自分の足元を見詰めた。


「ちょっとワルいんだけど、なんか疲れちゃったみたいだからさ、今日の打ち上げ、パスしていい?」


「えーーっ、なんだよそれっ!太一、付き合いわりー」


「ほんと、今度はきっちり朝まで付き合うからさ。今日はちょっとカンベン!」


「しょーがねーなー」


瞬く間に克哉の頭上で話はまとまり、太一は「じゃ、克哉さん、行こうか。」と克哉が答える間もなく、手首を捕み歩き出した。


引き摺られるように太一の後を追う。

太一は黙ったままだ。

その背中からは、一切の克哉の言葉を聞き入れない拒絶するようなオーラが漂っている。

不安げな瞳でその背中を見詰める。

廊下を歩いていくと、太一は一つのドアを開けた。

人の出払った無人のミキサー室。

太一は強く克哉の手首を握り、強引に室内に引き込む。

反動で、克哉の背中に機材が当たった。



「太一・・・・・」



恐る恐る視線を上げ、太一を見詰める。


「克哉さんさー。オレのライブ中、何してた?」


「あっ」


克哉が一番、触れられたくないことを言った。

含みのあるイヤラシイ太一の声。


「オレ、知ってんだよねー。あの歌の時、克哉さんが、どこで、何してたか。」


「まさか・・・・」


「克哉さん、オレのこと見て、発情しちゃったんじゃないの?」


「そんな・・・」


「違う、なんて言えんの?

オレ、気付いてたよ。克哉さんがずっと袖でオレの事、見ててくれてたの。

それがさ、克哉さん、急にいなくなっちゃうじゃん?

オレ、不安でさー。」

さして、不安な様子もなく太一は言う。



「ごめん・・・太一・・・」


「へぇ・・・・図星なんだぁ」


ニィっと太一の口元が歪む。


「あっ・・」

太一は、自分を挑発していただけだ。

それでも克哉は、自分がした行為に言い訳することなど出来ない。



「克哉さんって、ほんと、淫乱だよねー。

まさかライブ中にまでイヤラシイ気分になっちゃうなんて、オレ、信じらんない。」


「ごめん・・・・太一・・・・オレ・・・」

「ふーん。で、克哉さん、一人でどうやってやったの?

どんな事考えてた?

ねぇ。今、オレに見せてよ。」


「太一っ!」

悲鳴のような声で叫んでいた。


「あれ?一人じゃ出来るのに、オレと一緒じゃ出来ないんだ?

じゃ、克哉さん、これからもずっと自分一人でやれば?」


「そんな・・・・」

「ねぇ。お願い。どんな風にしたの?見ててあげるから。して見せて?・・・オレの前で。」

突如、太一の声は優しく囁く。

もう知っている。

オレは太一の言いなりにするしかない。

ゆっくりと、さっきしたのと同じように、唇に指を入れる。

一人でした時は、太一がするのを思いながらそうした。

だけど、今、目の前にその太一がいる。目の前で自分の行為を見ている。

太一の前で、昨日の晩太一がした事を繰り返す。


恥かしい。

浅ましい。



「たい・・・・ち・・・いや・・だ・・・こんなの・・・・」


堪らず名前を呼ぶ。


「そんな事言って。ほんとは興奮してる癖に。

見られながらする克哉さん、すっげー色っぽい。

ほら・・・続けて・・・・・」


太一の言葉に促され、もう片方の手を股間に触れる。



「っあっ・・・・たいち・・・たいち・・・」


「それだけじゃないでしょ?次は?どうするの?」


太一の目の前でベルトを外し、自分のものを取り出す。

恥かしさで、気が遠くなりそうだった。

なのに、そこは、嫌と言うほど固くなっている。


「克哉さん・・・一人でそんなになっちゃって・・・・ほんと、ズルイ。」


「・・・太一・・・オレ・・・太一の声・・・聴いてたら・・・・どうしても・・・ガマンが・・・」


「それで・・・克哉さん、自分でして満足しちゃったんだ?」


「違う・・・ほんとは太一にして欲しかった・・けど・・・・

太一はライブの最中で・・・・どうしようもなくて・・・」


「でもイっちゃったんでしょ?」


「・・・ぁ・・・でも本当は太一に触って欲しくて・・・ずっと太一の事考えて・・・・」


「ふーん。それじゃさ・・ちゃんとお願いしなよ。

オレのここを触って下さいって言ってごらん?

『オレを太一の好きなように、めちゃくちゃにして』って・・・言えたら、その通りにしてあげる。」


「太一・・・・・」

言葉を飲み込む。

恥かしい。

そんな台詞、自分の意思で口にするなど・・・考えるだけで恥かしい。

だけど・・・

そんな、子供のような独占欲で自分を求める太一への愛おしさがそれに勝ってしまうのだ。




「オレを・・・太一の好きなように・・・めちゃくちゃにして・・・・」


「克哉さん・・・・」

太一の声が上擦る。


「いいよ・・・してあげる。

克哉さんの望み通り、オレが克哉さんのこと、めちゃくちゃにしてあげる。」



堰を切ったように近付くと、太一は克哉の性器に触れる。

「っあ・・・太一・・・・」


「ほんと、克哉さんって淫乱・・・・・どうしようもない・・・・」


「う・・ん・・・そう・・・・オレは・・・どうしようもないんだ・・・」

「ねぇ。ココは?ここも自分で触ったの?」


克哉の臀部をわし掴み、そっとその奥の孔を指す。

克哉はふるふると首を振る。


「うそ。克哉さんがそれで満足できる訳がないじゃん。」

「本当に・・・・してない・・・

したかったけど・・・だけど・・・太一が・・・歌ってるのに・・・そんな」


「ここまでしておいて、一応、遠慮するんだ・・・?

克哉さんって・・・ほんと・・・かわいすぎ」


「太一・・・・お願い・・・・して・・・

そこに太一のを・・・入れて・・・・」


「そんなに欲しいの・・・・?」

「ぁあ・・・うん・・・・・欲しかった・・・太一のが・・・・

ほんとは、太一のが欲しくて堪らなくて・・・・一人でイっても・・・・太一のがないから・・・・」


「ほんとに・・・?克哉さん、そんなにオレのが欲しかった?」

「う・・・ん・・・」

この気持ちをどう太一に伝えていいか分からず、克哉は唇を近付ける。

自分が、太一が欲しくてたまらない気持ちを、少しでも太一に直接伝えたい。そう思いながら、舌を絡める。



呼吸が止まりそうな程長いキスをし、ようやく唇を離す。

「克哉さん・・・・ほんとはオレも・・・あの歌を歌いながら、克哉さんのこと、考えてた・・・・」


「え・・?」


「克哉さんとキスして、克哉さんに触れて、克哉さんが乱れて、イっちゃうとこ考えて歌ってた・・・

分かってたよ・・・・あの時、克哉さんがオレを見てどんな風になっちゃったか。

だから服ね、脱いだの。

もっとオレを見て、克哉さんにオレに溺れて欲しくて。」


「太一・・・・・」


「オレも早く克哉さんを抱きたかった・・・そんなことばっかり考えて歌ってた・・・・だからね。

本当はオレ達、同罪・・・・」


太一の指が奥へ進めてくる。

もうそこは、待ちわびるように柔らかく解けている。


「克哉さんのココ・・・すっげー欲しがってる・・・・オレの・・・・待ってる・・・」

「うん・・・・太一が欲しい・・お願いだから・・太一・・・」

「克哉さんっ・・・」

早急な動きで太一はベルトを外し、自分のものを克哉に宛がう。


「ぁあ・・」

その感触だけで克哉は激しく身体を震わせる。

太一は克哉の片足に手を掛け、開かせ、露になった場所に自分を押し込んだ。


「っ・・はぁ・・・」


二人の嬌声が重なる。

克哉の背中に機材が当たったが、どうでもよかった。

克哉の、奥まで太一のものが埋め、動く度、目が眩むような快楽に襲われる。


「たい・・ちっ・・・・・・そこ・・・・良すぎて・・・オレ・・・・・」


「克哉・・さん・・・・いい・・・?

オレとするの・・・そんなにいい・・?」


「も・・・だめ・・・太一・・・お願いだから・・・出して・・・・

オレの中に・・・・太一の全部・・・・欲しい・・・」


「っ・・くっ・・・克哉さん・・・そんなこと・・・言わないでよ・・・

オレ・・・もっと・・・もっと克哉さんの中にいたい・・・・・」


そう言う太一の声も、もう切羽詰っていた。


「っ太一!オレ・・・もうっ・・・イ・・く・・」


克哉が嗚咽のように漏らしたのと同時に、太一を受け入れていた場所が蠢いて太一を締め付ける。


「っ・・かつやさんっ・・・・・・!それ、ダメ・・・ぅっあ・・・ぁ・・」

「たいち・・・・たいち・・・・・・」


堪えきれず、太一は克哉の中に精を流し込んだ。

克哉の指が太一の肩を強く引き寄せ、克哉が吐き出した白濁が二人を汚す。





荒い息のまま二人は見詰めあう。

ほんの少しの気恥ずかしさ。



でも。

二人だから分かる。

これも自分達の『共振』。


オレ達は何度でもこうやって求め合って、探り合って、身体を合わせて、確かめ合う。



「克哉さん・・・・・もっと・・・・・・


克哉さんの中、オレでいっぱいにしたい・・・・・・・」















2008/6/7