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夏の特別合宿、なんていうのは名目上だろう。

ある意味、それは俺達に与えられた夏休み。バカンスだ。


俺達野球部員を乗せたバスは山道を走った。

「この辺は蛍の名所らしいぜ。」バスの中で誰かが言うのを俺はぼんやりと聞いていた。

「じゃぁ、夜行ってみるか!?」

「いや、そうとう山奥まで入らないと見れないらしいぜ、こんなところで遭難でもしたら

笑い者だろ。」

「だよな。」

目を瞑りながら、俺は闇に光る蛍を想像してみる。



一体どんな世界なんだろう・・・・。






暗闇の中を一人で歩いた。

結局俺は他の部員達が寝静まった夜中に抜け出し、山へ入った。



まだ、こんな闇が残っていたのか・・・

すっかり忘れていた。

俺達の街はいつだって明るい。夜が夜ではなくなってしまった。

小さかった頃はもっと闇は怖かった。

一人で部屋の明かりを消した瞬間の闇は、本気で飲み込まれちまんじゃないかと思って恐ろしかった。本当は大声で泣き叫びたかった。

・・・・それでもやっぱり俺は一人だった。

暗闇で涙を流しても、眠りが連れて行ってくれるまで一人で耐えた。

この久々の襲うような闇の中で俺は思わずそんな幼かった自分の姿を思い出していた。




細い山道を下っていく。川のせせらぎが聞こえてくる。

その音に耳を澄ませながらゆっくりと進む。

そこには小さな木の橋が架かっていた。


こんな夜中でもどこかのカップルでもいるかと思っていたけど、実際はこんな山奥のましてやほとんど道さえない所にまで来る物好きはいないようだ。

・ ・・・遠くの方で仄かに光るものを見た。

微かに光りそれはすぐに消えた。





・・・・今のが蛍か?


川の上流を見上げる。




そこには・・・・光が浮遊するように移動したかと思うと、不意に消え・・・

そんな光たちがせせらぎの音と共に光っては消え、光っては消え・・・・。

小さな宇宙みたいだった。




俺は何故か胸が締め付けられた。

小さな光る命達が、消えた命のような錯覚を起こした。








「吾郎君。」

不意に声を掛けられ振り向くとそこには寿也が立っていた。

「寿、来たのか。お前こんな所までよく入ってきたな。」


「そう言う吾郎君だって・・・。」

寿也はやれやれという声で答えた。

「ねぇ、じゃあどうして吾郎君はここまで来たの?」


「俺は・・・・・ ・・・おとさんに会えるような気がしたから、」

暗闇の中だったせいか、心が無方備になっていたのか、思わず感情より先に言葉が口をついていた。







寿也の表情を見る事は出来ない。

暗闇の中、お前はどんな顔をしていたのだろう。

「吾郎君、泣いていた?」

寿也の声がせせらぎの合間を縫う。

静かに寿也の手が俺の頬に触れた。

温かかった。冷たい夜の空気の中、寿也の指の温かさだけが唯一のぬくもりだった。

そっと俺の涙を拭った。

蛍達は仄かに瞬いている。


「寿はどうなんだ、なんでこんな所まできたんだよ。」


「僕は、
君に会えるような気がしたからさ。」

「・・・!?」

思わず、気恥ずかしさが襲い、その手から顔を離した。



「本当だよ、君がここにいるって思ったからさ。

吾郎君と一緒にこの景色を見たかっただけだよ。」

そう言う寿也の声は微かに笑っていた。

「でも、そろそろ帰ろう、本当に遭難でもしたら皆に迷惑が掛かるし。」

「誰が遭難なんかすっかよ!」





俺達は二人で山道を引き返した。

最後に1度だけ振り返りながら。








「・・・・またな、おとさん。」













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