克哉さんが死んだ。

自殺だった。

 





■■■

 





ジャリ。
小さく鎖が撓む音がする。
太一は僅かに顔を動かしただけだったが、この静寂の中ではそんなものにも過敏に反応した。
暗がりの中、その鎖だけが鈍く光っている。今夜は月が出ていない。
よく磨かれている蔵の板張りの床は、木の滑らかさと冷やかな温度を保っている。
そこに投げ出された太一の身体中には、無数の傷、滲んだ血、手足首には縛られ鬱血した痕、そしてその上を生温い体液が覆っていた。
心許ない程度に纏わされた布は克哉が身に着けていたシャツだけだ。あとは「犬にはこれが1番だろう」と、ここに来てまず身に着けさせられたこの皮製の首輪とそこに繋がった鎖。
身体を床に横たえたまま、無表情にその鎖を見詰める。

へその緒みてぇ。
ふとそう思った後、「ばっかじゃん」と呟き一人自嘲した。

 

 

□□□

 

 

 

克哉は心底愉快そうに喉を震わせていた。
手には鞭が握られている。五十嵐家の広大な庭園にある竹林。その中の竹を一本切り倒し作らせたと言う。
「お前のためだけの特注品だぞ。どうだ、嬉しいか?」
そう言いながら、細く切り出された竹を太一の眼の前で撓らせた。
切られたばかりのそれはまだ青々と竹の生気を保っている。荒くしか鑢をかけていないのであろう、端には繊維の質感が残されていた。
しかし、目の前に突き出された青い凶器を見ても太一の表情は変わらない。
何も感じないかのように、ただそれを見詰め返す。

「面白いな・・・・・いつまでそんな顔をしていられるか試してやろう」
言い終わるか否や、克哉は手にした鞭を思い切り振り下ろした。
シュッと空気を切り裂く音と、ピシャリと太一の身体に当たる音が同時に響く。

「っう・・」
太一の口から思わず小さく声が漏れた。
真新しい鞭は同時に刃物のような鋭さを持っている。薄い皮膚は簡単に破れ、そこから薄く血が滲み出る。
それを見詰めながら、克哉は満足げにの口角を吊り上げた。

「さすがは良質の竹だ、張りがいいな。どうだ、なかなかの物じゃない・・・かっ?」
言葉を続けながら、2度目の鞭を下ろす。
太一の手首には麻の縄が巻かれ拘束されていてはいるが、完全に自由を奪われている訳ではない。その気になればかわすことなど出来る。
それでも太一はその鞭を受ける。
その様子を眺めながら克哉は鞭を打つ手を止め、鞭の先端を太一の喉下へ向けた。
「お前がちょっとやそっとじゃ根を上げないくらいこっちも承知だ。
何にも考えず尻尾を振るだけの可愛げある犬を装って、その裏はとんでもない玉だってことぐらいな。

お陰で<アイツ>は苦労させられたようだが」

その言葉を聞いた途端、太一は小さく息を飲む。

「知ってるんだぞ?お前が<アイツ>に何をしてきたか。そして・・・・
どうして<俺>がここにいるか」

ニヤリと太一を覗き込んだ顔を、思わず凝視した。

「<アイツ>、相当苦しんだみたいじゃないか。
お前に「軽蔑」されたんじゃないかとな」

くっくっく・・と喉の奥で笑いを噛み殺す。

「軽蔑?」
その言葉を聞いた時、太一はようやく口を開いた。

「そうだ。淫らになっていく自分を見てお前が軽蔑するだろう、と。
全く、お前にそう仕向けられておきながら・・・あいつのお人好しにも反吐が出る」

「そんな・・・オレは軽蔑なんか・・・・」

「でも、<アイツ>はそう感じたのだから仕方ないだろう」

「そのせいで・・・克哉さんは・・・・・?」

「その位、自分で考えろ。
俺はいつまでもお前と仲良く<アイツ>の思い出話に花を咲かせる気はないんだよっ」

克哉は振り払うように鞭を振るう。
鋭い音と共に何度も何度も太一の身体を切り付けていく。
腹、腕、太腿。晒された肌に容赦なく赤い筋を描いた。
竹が身体に当たる度、太一は反射的に身体を弓ならせたが、それでも奥歯を噛み締め痛みに耐える。

「どうだ?痛いのじゃよくならないか?」
不意に、柔らかな口調で克哉は太一との距離を縮めた。血が滲んだ肌につーっと指を沿わせる。
肩からゆっくり下ろし、背中を辿り下半身へ移動した。
傷付き過敏になった肌は、軽く触れただけの指先にもビクリと大きく反応する。
「いい感度じゃないか・・・。
変えてやるよ・・俺が。お前の身体を」

耳元で囁いた。

まるで慈悲をかけるかのように。






「お前が<オレ>にしてきた事を、今度は全部<俺>がしてやろう。
思い出せ・・・お前はこの身体に何をした?」
ねっとりと、甘く誘うような口調。
「さぁ、何からして欲しい?
あぁそうか・・・
お前は俺に犯されて興奮したんだったよな?」
張り付いた笑顔とは裏腹に、克哉の手は突如強引に太一の性器を掴む。
同時に、くっ、と太一の全身が強張た。
だけどまだそこは、克哉の手の中でだらりと萎えている。
神経は、全身に出来た皮膚の裂け目から感じるヒリヒリと炙られるような痛みに覆われ、性欲など感じる余裕はない。
それでも克哉は楽しげに太一の性器を手の中で転がす。
そして小さく腰を屈めると、太一の胸の辺りに描かれた真っ直ぐな赤い線にそっと舌を立てた。
「・・・っ」
太一は眉間に皺を寄せ、固く目を瞑る。
傷の上を、唾液の湿った跡が残る。
克哉は上目遣いに太一の表情を見詰めながら、ゆっくりと舌を動かし傷をなぞった。
少しずつ場所を変えながら、全身隈なく舌を這わせる。
次第に克哉の手の中にある太一の性器は反応していく。舌が蠢き体中の血を舐め取っていくうち、ゆっくりと強度を持ち、手の中で脈打っていた。
克哉は嘲笑するようにふっと息を漏らす。
「お望み通り、犯してやるさ。いくらでもな」

するりと太一の背後に回りこみ鎖を強く引く。反動で太一の身体が、ガクリと床に倒れた。
腰に腕を回し膝を立たせると自身のベルトを外す。
「2度目の味だぞ。今日は裂けないよう、優しく抱いてやろうか?」
笑いを押し殺したような口調に、太一は唇を噛み締めた。
瞳に、動揺や羞恥、憎しみの入り混じった色を滲ませる。
克哉はぐい、と鎖を引き寄せると太一の顔を仰け反らせ、その表情を見詰めた。
「いい顔だ。
お前にはそういう顔がお似合いなんだよ。どうした、今日は前みたく吠えないのか?あんまり従順な犬もつまらないぞ」

「それが、あんたの復讐なのか?」
太一は口を開く。克哉の目を見据えたまま、震えるように声を絞り出す。
同時に、克哉の顔からは笑みが消えた。
「復讐?・・・・下らないな。
お前は単に玩具に過ぎない。生きた玩具だ。お前の人生を奪って思うままにする、ただそれだけの事だ。
それに理由などない」

克哉を覆っていた虚像のような柔らかい空気が崩れ去る。
荒々しく鎖を離すと太一の腰をわし掴んだ。
自身の性器の先端を後ろに宛がうと、慣らすこともせずそのまま押し込んでいく。
「っぅ・・ぁっあっ・・・」
耐えることの出来ない感覚に、思わず太一の口から声が漏れた。
「そうだよ、もっと啼けよ。そのうち、これが欲しくて欲しくて堪らなくなるようにしてやる」
めりめりと奥へと進ませる。太一の身体は小刻みに震えた。
「どうだ・・・久しぶりのこの感触は・・・
お前は幸せ者だなぁ・・・・大好きな『克哉さん』を狂わせる程犯して、その上、今度は犯して貰えるんだからな・・・」
「違う・・・オレは・・・」
嗚咽のような太一の声を遮るように克哉は奥まで一気に貫くと、激痛に大きく太一の身体は仰け反った。
「ぐっぁあっ!」
「あぁ、やはり裂けたか・・・・・仕方ないな。
もっと力を抜いて息を吐け。自分でもよくなる努力をしたらどうだ」
ぬるりとした血が、結合した部分を染めていく。
体内を引き裂かれる感覚に、太一はただ声を上げるしかない。
克哉は萎えつつある太一の性器を手にするとゆっくりと扱いていく。
「それともお前は、血が出る位の方がイイのか?・・・クックッ・・・今からそんなんじゃ、先が思いやられるな」
克哉が言葉を発する度、手の中で性器が質量を持ちはじめ血液が脈打つ。
そして、克哉の表情は卑しい笑みで歪んでいく。
「そうだよ・・・・お前は本当はこうされる事を望んでいたんだ・・・ほら・・・」
強く腰を押し付けながら先端を指先で撫でてやると、つぅっと透明の液が溢れた。
それを周囲に撫でつけ湿らせながら小刻みに動かす。
「っはぁ・・やめろ・・・ぁあ・・」
「ふん・・・やっと抵抗する気力が出てきたか。
でもそれは、感じてきた証拠だろ?認めたくないか、<俺>に犯されて感じている自分を・・・哀れだなぁ」
一層手の動きを早めていく。
「うっ・・はぁ・・」
触れている太腿の筋肉が強張るのを感じた。しかし、快楽に押し流されようとする自分の身体に抵抗するように力を込める様子は、克哉を愉しませるものでしかない。

どんなに抗おうとしても、反り返ったそこは熱を持ち、トロトロと雫を流している。
「そろそろイきたいか・・・?
『克哉さん、お願いだからイカせて下さい』と言ったらイってもいいぞ・・・」
汗の珠が滲んだ太一の目に、きっと光が射す。
「どうだ・・・言ってみろよっ・・・・俺に・・・」
律動が激しさを増す。
太一の体内の1番奥まで突きながら性器を煽り立てる。
「<俺>に・・・懇願してみろっ・・・
憎いか?
いいぞ・・・いくらでも憎め・・・・・でも忘れるなよ・・・
<俺>を呼び寄せたのは自分だってことをなっ」
「っうっ・・ぁあ・・・い・・・言わない・・・・ぜってーお前になんか・・言うもんか・・っぁあ・・・ぁ・・」

太一の全身が硬直する。
寸前まで塞き止めようとした精液は勢いを増し克哉の手を汚す。
同時に克哉の放った飛沫が体内を刺す感触に身震いしながら、なかなか吐性は止まらなかった。
だらしなく太腿を伝っていく。

忌々しげにそれを見詰めながら克哉は太一から身体を引き抜いた。
性臭と鉄の匂いが漂う。
「まぁいい。お楽しみは残しておく主義だからな。そのうち嫌でも言わせてやる。
時間だけは幾らでもあるんだ」
吐き捨てるように言うと、克哉は蔵を後にした。
その姿を見送ることもない。
克哉が姿を消すと再び蔵には静寂が戻った。
虚ろに太一は嗤う。


克哉さん。
オレは克哉さんとは違うよ。
こんな風に強制的な痛みと快楽を与えられても、それが一つになることはない。
きっとそれが克哉さんとオレの決定的な違い。
ううん。
・・・・・本当は瀬戸際で戦っているのかもしれないね。

負けたくない。<あいつ>に。
身体も。
心も。

克哉さんはコントロール出来なかったんだよね。
痛いのと、気持ちいいのの区別。
オレは分かってやっていた。そのせいで克哉さんが苦しめばいいと思ったから。
耐えなくちゃいけない居痛みに快楽を感じる自分を責めて、抗えない自分の身体を呪って、螺旋みたいに克哉さんが墜ちていけばいいと思った。
その先に何が待ってるかなんて、どうでもよかったんだ。
 

辛かったよね。克哉さん。
オレが縛った縄はじわじわと克哉さんの身体に喰い込み、そして、とうとう克哉さんを引き裂いてしまった。
オレのせいだ。
 
オレが――――

オレが克哉さんを殺してしまった。
 

ひとりでに太一の目から涙が零れる。
目尻を伝い、止め処なく床を濡した。
 
「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・」
掠れた声で何度も呟く。
 
それは誰にも届くことのない謝罪と、追悼の言葉だった。








2008/4/2
このSSを喪失凱歌のchie子様に押し付けます。
妄想の世界へ羽ばたける素敵なイラストをありがとうございました。
このSSを書く原動力になったchie子さんのイラストはこちらです。