「・・・・克哉・・・さん?」
か細い太一の声が克哉に呼びかける。
水分が枯れ、乾いた喉からはしゃがれたような声しか出なかった。
「そうだよ」
静かに太一の声に答える。
その瞳は哀しみを湛えた湖のような深い蒼色をしていた。
吸い寄せられるように太一はその瞳を見詰める。そして太一は懐かしむそうな、嬉しそうな、悲しむような、曖昧な表情を浮かべると、途端、かろうじて支えていた力が抜け落ちたようにガクリと身体を倒した。
慌てて克哉は跪くと太一の身体を自分の膝の上に抱き寄せた。
太一は笑顔を作って克哉に向けようとしたが、顔の筋肉が強張るのかうまくいかないようだった。その様子が酷く痛々しかった。
太一は気付いているだろうか。
太一の顔を見つめながら克哉は思う。
このオレは、オレだけではないという事に。
確かに今までここに存在していた俺とオレは同じ人間だった。
それでも太一はこんな風に自分の名前を呼ぶのだろうか。

「太一。オレは」
「うん。知ってる」
オレを見上げる太一は克哉の言葉を遮った。
「いるんだよね。克哉さんの中に・・・今も」
「あぁ」
小さく答えた。
消えてなくなったのではない。
分離していたのでもない。
持っている哀しみもみんな同じだ。


「克哉さんは、オレが怖い?」
力なく笑う太一が弱々しい視線を克哉に投げ掛ける。見上げる睫が揺れていた。
「あぁ・・・オレは、太一が怖いよ」
穏やかに答える。
その言葉を聞いた太一はどこかほっとしたように表情を緩ませた。
「そう・・・よかった・・・・オレも・・・・克哉さんが怖い」
太一は、少しはにかんだような、子供のような表情を浮かべた。
それを見ると克哉の胸の辺りはぐっと締め付けられた。
目の前に横たわる太一の姿。出会った頃の太一とは別人のような痛々しさで今自分の目の前にいる。
紛れもない自分が太一に行った仕打ち。その結果の姿。
しかしなぜか謝罪の言葉を掛ける気持ちは起きなかった。
今の自分には理解出来た。
これは愛し方を知らない<俺>の哀れな愛情表現だった。
確かに自分の中にある悲しい愛情表現だった。
間違っているけれど。
決して正しくはないけれど。

「ねぇ克哉さん」
細く柔らかく呼ぶ太一の声。
こんな声をする時の太一の気持ちを克哉は知っている。
「ん?」
小さくそれに応える。
「オレ達さ。・・・こんな風になっちゃって、もうこの先、一緒にはいられないね」
きっと太一の心はそう決めている。
この安らかさは決心の固さだ。



「太一はさ」
小さく言葉を区切った。
「こんな姿を他の誰かに見せたことがある?」
太一は微かに首を横に振る。
「オレもだよ。太一。オレだってこんな自分を見せたのは太一だけだ」
太一が小さく息を飲む気配を感じる。
「オレ達はここまでしなければならない二人だったから。
見たくない自分まで見せ合わなければならない程、オレ達は必要だから。
だから」

凭れかかる太一の体が小刻みに震える。
太一の喉から嗚咽が漏れる。
何度でも壊して、その度に何度でも再生すればいい。
だから。