こんな日々が一生続く。
太一への贖罪だけのために生きる日々。
それだけがオレに残された唯一の生きる意味。
もうボロボロだった。
身体も。精神も。
身体はもう痛みと快楽の区別さえ付かない。
一挙一投足は電波のように快楽の信号になり、太一が縛った縄を通じ全身を駆け巡る。
ふと指先にペンを触れる。たったそれだけの行為ですら。
あぁ、オレは狂ってしまったんだ
ぼんやりと思う。
いや、自分で自分が狂っていると自覚できるのはまだ狂っていない証拠か。
じゃあオレはいつ狂うんだ。
自分の精神が分からなくなる程狂うには、あとどれだけの時間が必要なんだ。
上司の叱咤が聞こえる。
もうどうでもいい。
気が付かないうち、オレは嗤っていたらしい。
もう少しなのか。
自分の精神を手放してしまえるまで、もう少しなのか。
□□□
「克哉さん。今日もちゃんと付けてたね。えらかったよ。」
太一の柔らかな声。
全身を隈なくチェックされる。
この身に装着された全てのもの。
余りに日常になり過ぎた非日常的な行為。
人間はこんなにも簡単に対応出来てしまうらしい。
それは「慣れ」という安易な言葉で表せ、恐ろしい事に「慣れ」は次第に「飽き」へと変化する。
オレがこんなにも容易にこの環境に順応してしまったことは、少なからず太一にそのきっかけを与えてしまったのかもしれない。
太一の声の裏に隠された密かな感情がオレには分かってしまった。
『軽蔑』
冷ややかな瞳の奥にある感情。
激しい執着を持ち続けながら、抗いながらもそれに対応していくオレに対し芽生えてしまった歪んだ感情。
お願いだ、太一。
そんな目でオレを見ないでくれ。
これはお前が望んだことなんだろう?
お前が、オレをこんな風にしてしまったんだろう?
それなのに。
どうして、今になってそんな目で見るんだ。
オレにはもうお前しかない。
太一にそんな感情を抱かれたらもうオレは存在することさえ出来なくなる。
□□□
何の気配もない。
感じられないだけか。
深夜、ふと目が開いた。だけど身体はけだるく鉛のように重い。
こうしてじっとしていることさえ億劫になる。
日課になった性行為。
感じる感覚に名前を付けるなら紛れもなく「快感」になるが、そこに悦びはない。
隣では太一が寝息を立てていた。
この寝顔だけがオレの知っていた太一の面影だ。
太一は一体何の為にこうまでして性愛に拘るのか。
もうそれは愛情でも愛着でもない。
ただの執着。
もしかしたら太一自身もその事に気付いているのかもしれない。
だけど、きっと太一も狂ってしまったんだ。
いや。
狂おうとしているのか。オレと同じように。
共に墜ちるところまで。
その時。
光るものが見えた。
視界の僅かだったが、奇妙にそこだけが一遍の光を放っている。
妙な胸騒ぎがした。
まさか。
あれは、太一は踏み躙り、粉々に砕いた筈だ。
だけど。
この感覚は覚えている。
引き寄せられる存在感。
オレは鈍い動きで、それでも身体を起こすと太一に気付かれないようベッドから抜け出しサイドテーブルに手を伸ばした。
触れた指先が熱い。
間違えない。
これはあの時砕けた眼鏡。
何の疑問も感じなかった。
ただ思った。
戻ったんだ。
オレの手の中に。
今。
オレに必要なものとして。
オレ達に必要なものとして。
不思議と迷いは感じられなかった。
なぜならそれは「必然」だから。
こうして眼鏡がオレの手の中に戻ったのは仕組まれたものでもなんでもない。
きっと「オレ自身」が引き寄せたものだ。
これでオレは終わらせられる。
フレームに指を掛け、最後に呟いた。
「さよなら・・・・・太一」
2008/3/20