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ふとあの男の事を思い出す。『Mr.R』などと言ういかにも胡散臭い名前の男。
金色に輝く長い髪や陶器のような肌。初めて俺の目の前に現れた時からその容姿はまるで変わっていなかった。まるであいつだけ時の流れが止まっているかのように。
だけど、さして不思議にも思わない。初めから普通の人間でないだろうという予感はしていた。きっとこれから何十年、いや何百年経とうとあの男の姿は変わることないのだろう。
そういう男なのだ。
「危ない」
その時不意に声が聞こえた気がし、咄嗟に俺は振り返った。誰もいない。
すぐに気のせいだと考えた。なぜならまるでその声はすぐ間近で喋っているかのよう・・・・いや。まるで頭の中に直接思考が流れ込んでくるかのようだったからだ。
空耳か?いや、それにしては明瞭すぎる。
そう考えた次の瞬間、俺の体は普通の状態ではなくなった。
心臓がひとりでにドクドクと激しく波打ち始める。それにつられるように激しい動悸が襲う。自分の体がいきなり誤作動を始めたかのようだった。
咄嗟に右手で心臓のある左胸をわし掴む。はっきりと手に伝わる異常な鼓動。
ハァ・・・ハァ・・・・ハァ・・・・
急激に100メートルを全力疾走したような荒い呼吸に変わっていく。しかし自分でどうする事も出来ない。
どうしたと言うんだ・・・俺はいよいよおかしくなったのか・・・
その時はまだ半ば冗談交じりにそう考えた。しかし次の瞬間、そんな安易な思考も吹き飛んだ。
突然いても経ってもいられない恐怖感に感情が支配されたのだ。
金縛りに合ったように体の自由が利かない。俺は目を見開き宙を見詰める。
(-------駄目だ・・・このままじゃ危ない)
はっきりと自分の意思ではない・・・自分以外の思考が脳内に流れ込んでくる。
なんだ・・・これは・・・・?
(-------ぶつかる・・・・避けられない、もう手遅れだ)
掴んだ心臓に力が篭る。どうしたと言うんだ、俺の体に一体何が起こっている?
動機は一層激しさを増している。激しい焦燥感に、いてもたってもいられなくなる。自分の肉体が信じられなくなる。
次の瞬間、頭の中に金属音が鳴り響いた。金属と金属が火花を散らしながら激しく擦れ合う音。頭が割れるように痛む。脳内で逃げ場所を求めるように金属音が反響し続ける。
「うぅぁ・・・」激痛に思わず声を上げた。
俺は本当におかしくなったのか?・・・このまま自分でも訳が分からないまま心臓麻痺で死ぬのか?
開いた目が確かな自分の死への恐怖で更に見開く。
初めてその時俺は、死を意識した。
まさか。こんな所で俺は死ぬのか?たった一人で、こんな病室で。
いやだ、死にたくない。
頭の中では轟音がまだ響いていた。
「こんな人生でも?」
轟音の隙間から突然自問の声がした。俺ははっと我に返る。
こんな人生?こんな?
息苦しさで白んでいく意識の中、もう1度自分の意思ではっきりと問い掛けた。
『俺は本当にこんな人生をまだ続けたいのか?』
俺は誰かを愛したかった。誰かに愛されたかった。でも出来なかった。方法も知らなかった。
今まで出会った様々な顔が浮かんでは消える。
思うが侭に操ろうとした御堂。
羨望と嫉妬という反する想いに囚われ、本多の好意を素直に受取れなかった。
自分に好意を寄せていた若者もいた。
だけど、俺は誰にも必要とされなかった。結局一人きりだった。なのに。
あぁそうだ・・・俺は、こんな人生でもまだこんな風にしがみ付こうとしている。
助けてくれ・・・俺はまだ死にたくない・・・・まだ・・・・・生きたい・・・・・・
荒い息を繰り返しながら、俺は無様に見えない何かに命乞いをしていた。
轟音は何か巨大な物体が衝突したような爆音に変わる。大砲で体の中心を打ち抜かれたような強い衝撃が全身に走る。
「うぁぁぁ・・・・・・」
耐えられず俺は大声を上げていた。
しかしそれも長くは続かなかった。
電源を抜いたように、プツリと俺の意識はそこで途絶えた。