「ここにアンタを埋めたら、また本当の克哉さんに会えるのかなぁ」
手にしたスコップを一旦止め、克哉にニッコリと微笑みかける。
大きな桜の木の元、目の前には大人一人埋もれそうな位の穴がぽっかりと口を開いている。
太一の額からは珠のような汗が流れ、それを手の甲で拭うと茶色い土が顔に付いた。
「そんな事は無意味だ」
低く口にするが、手足を拘束され身体の自由が利かない今、いつものような挑発的な態度を取ることは出来なかった。
下手な冗談ではない。
こいつは本気で俺を埋めるつもりだ。
太一の何の曇りもない瞳が、ひたひたと迫る恐怖心を駆り立てた。
「きっと綺麗な花が咲くよ。
克哉さんの身体がドロドロになって土に溶けてそれをこの根っこが吸い上げるんだ。
この桜が克哉さんそのもの。
きっと枝を切ったら紅い血が出ちゃうね。」
うっとりと唄うように語る太一が余りに穏やかで、克哉は思わず息を飲む。
「来年の春が楽しみだな・・・・・・克哉さんの色の花が咲いて克哉さんの色で満開になってオレを包んで・・・・
そしたらオレ、桜になった克哉さんも抱いちゃうかもしれない。」
そっと幹に手を触れる。
枝に唇を寄せる。
「太一っ!」
思わず叫び、反射的に太一を遮ろうとしていた。
浚われる・・・・・こいつが何か、得体の知れないものに浚われる。
その瞬間、自分の置かれた身よりもはるかに大きな恐怖に身体が弾かれていた。
「・・・・・・克哉・・・さん?」
小さく問うような声。
瞳の色が僅かに変わっていた。
疑問と戸惑いのようなものを滲ませながら真っ直ぐに俺を見ている。
これまでこいつを名前で呼んだ事などなかった。
「何してるの?そんな格好して」
次の瞬間、余りに素っ頓狂な口調で素朴な疑問を投げ掛けられ、俺は一気に脱力した。
「何ってお前・・・・・覚えていないのか?」
「覚えてって・・・・何を?って、何この穴っ!どうしちゃったの?」
大仰に足元の穴に慄いている。
「もういい・・・とりあえずこの縄を解け」
「・・・・・もしかしてオレ、・・・・アンタの事埋めようとしたとか?」
「だから。もういいと言っているだろう・・・・お前、本当に覚えていないんだな」
「ふーん。そっか、オレ、そんな事しようとしたんだぁ。
で、アンタ、オレに命乞いしたの?それ見たかったなぁ」
そう言いながら背後に回ると後ろ手に縛られた縄を器用に解いていく。
命乞い、か。
あの時オレがこいつの名前を叫ばなければ、こいつは本当に俺をこの桜の下、生き埋めにしたのだろうか
あるいはそうかもしれない。
あの目は何かに憑かれたもののようだった。
いや、そうではない。
あれが本来のこいつの姿なのか。
ふと考える克哉の後ろで、太一は密かに目を細め克哉を見詰めていた。
fin.
2008/4/10