taxi
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【エピローグ】
「おぉ眉村、久しぶりだなっ!」
吾郎は眉村の顔を見つけると、片手を挙げ駆け寄ってきた。
屈託のない笑顔を向ける。
しかしそんな吾郎の様子を見ても眉村は表情を変えることもなく、チラリと一瞥するとすぐに視線を逸らした。
「なんだよ、相変わらずつれねぇなぁ」
口を尖らす吾郎に「そんな事より営業3課はどうなっているんだ」と冷静な口調で尋ねた。
その言葉に思わず吾郎の表情も引き締まる。
「順調、とも言えねぇな。正直言うと厳しい。
なにしろ俺の一存で、本田時代の顧客相手中心に新規開拓してっからよ」
「そうか」
吾郎は人事部に自ら配属の移動を申し出ていた。
それまでの大企業と取引する営業1課から個人事業主を取引相手にする営業3課へ移り、新しい環境の中自分に出来る事を探そうとしていた。
「あんたには感謝してるぜ」
僅かに照れくさそうに俯きながら告げる。
「俺は、目障りな人間を消したかっただけだ」
相変わらず眉村の口調は変わらない。
「はは、そうだな。エリートは課に一人いりゃ充分だ」
じゃあな、と軽く手を振ると吾郎は眉村の元を去る。
「―――――ふん・・なにがエリート、だ」
軽く笑ったが、またすぐに端正な表情に戻る。
「さて、俺も行くか」
吾郎が約束の通りに行くともう車は停まっていた。
「よう」
吾郎は助手席のドアを開け車に乗り込む。
運転席では、寿也が吾郎を見て「やぁ」と笑っていた。
すぐに車は低いエンジンの音をさせ走り出す。
寿也がドライバーの仕事の明けの日は、こうして吾郎の仕事先へ回ったり、寿也の両親を探す手掛かりを回ったりしていた。
しばらく続いた軽い世間話が途切れた後、吾郎は僅かに声のトーンを落とし「美穂ちゃんの様子はどうだ」と尋ねた。
「うん。それがね」
寿也の口から出る言葉を密かな恐怖を持って待つ。
「あんなに君を殺したい、って願っていた頃は、美穂の精神状態も不安定だったんだ。
そんな美穂を見ると辛くてね・・・・余計に僕は君への憎悪が膨らんだ」
吾郎は息を飲む。
「なのに・・・・不思議だよね。
僕が、君への気持ちに気付いてから美穂の状態も変わったんだ。
医者が言うには家族の精神状態は伝染するんだって。
―――――全く、皮肉だね」
そう言う寿也はほんの少し哀しそうに笑った。
「それでもよ」
真顔で寿也の言葉を聞いていた吾郎は、徐に言葉を紡ぐ。
「今が終わりじゃねぇんだしよ。
これからだろ。
俺もお前も美穂ちゃんだって、まだまだ過程だ。こんなのプロセスの一つだ。
だからさ―――――」
一旦考えるように言葉を区切った。
前方に見えていた信号が黄色から赤に変わり、寿也はブレーキをかける。
一瞬の静寂が二人を包む。
「いつか本当に納得出来る終わりが来るまで―――――
多分・・・俺達は一緒にいるんだ」
「あぁ・・・・そうだね」
寿也は運転する前方を見詰めたまま微笑んだ。
信号は赤から青へと変わる。
車は再びゆっくりと走り出した。
「ところで吾郎くん―――――今日はどちらまで?」
end
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