空手
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「はじめっ!!」

体育教官の声が道場に響いた。


空手の胴着に身を包み、二人向き合い構えをとる。

「せいやっっ!」

俺は気合を入れるように声を振り絞った。



ここは俺とお前の他は何もない。二人を見守るクラスメイトの姿は目に入らない。

あるのは二人だけの、この張り詰めた空気。

・・・・俺はお前を仕留めてみせる。

なのに。一向に縮まない二人の距離。

寿也の懐に一歩踏み込もうとすると、その距離はするりとかわされ、

お前の間合いを取られる。

焦りだけが時間を無情に進ませる。


「お前、俺とやる気あんのかよ。」

思わず低く呟くと、


「こうしている間も僕は君と戦っているつもりだよ。」

口元に笑みを含んで寿也は言った。

「・・・お、お前っ!」

思わず、間合いを取ることも忘れ感情に任せ、寿也の懐に足を踏み込ませる。


右の正拳突きを寿也の胸元に向け放った。

鋭さとスピードを持った一撃に十分見合うはずの正拳。


しかし、寿也は肩を引きそれをするりとかわしたかと思うと、その瞬間すぐさまその左を放った後の

無防備な腹部に中段の蹴りを入れた。

「パンッ」その渇いた音は道場に響いた。

鈍い痛みが右腹を襲う。


「佐藤寿也、技ありっ!!」

教官の声が追い討ちを掛ける。



「お前、人を焦らして散々おちょくりやがってっ!」


「フフ、さすが吾郎くんの正拳は速いよね、

もう少しで避け損ねる所だったよ、

でも、それだけじゃ僕を倒せないよ。

考えてごらん、どうやったら僕を倒せると思う?」


「元の位置へ、でははじめっ!」

息を整えようとしても怒りと興奮が収まらない。





俺の荒い呼吸だけが道場を埋める。

たった拳を一振りしただけなのに、何故こんなに体中じっとりと汗ばむのか。髪が額に張り付く。

なのに、お前は呼吸一つ乱れず、そんな俺の様子を楽しそうに見つめる。

すでに、この時点で俺はお前に負けている気がして、お前の前に立つ事さえ苦しくなる。










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もう他の者は誰もいない更衣室。

クラスメイト達は俺達二人に気を使っているのか、言葉少なに着替えを済ませ、出て行ってしまった。



気まずさが俺の動きを鈍らせる。

体中、冷ややかな汗が乾かない。


自分で自分をコントロール出来なくなった。

そうでもしないと、寿也の世界に吸い込まれていくような恐ろしさが俺を見境なく突き動かしてしまった。


気付かれないように、隣にいる寿也の姿を盗み見る。

お前は汗で濡れた髪を拭くこともせずじっと身動き一つしない。

実際、空手の試合は見た目以上に体力を、そしてなにより精神を消耗させる。

ましてや、あんな乱闘まがいの行動はどれだけ寿也を傷付けたことだろう・・・。




・・・・すまなかった・・・

そう言おうとした瞬間、寿也は口を開きゆっくりと、俺の名前を呼んだ。




「吾郎君。」



心臓の鼓動が大きく波打つ。

ゆっくりと顔を上げ、恐る恐る寿也の顔を見た。

その瞳には冷たさが感じられ、思わず無意識に言葉が突いて出る。


「すまなかった、あんな事をするつもりはなかっ・・・。」

押し殺したような寿也の言葉が俺の言葉を遮る。

「君がいけないんだよ・・・。

だめじゃないか、あんな顔、皆に見せちゃ。

僕は気が気じゃなかったんだよ・・・。」



「何言ってんだよ、寿!俺はお前にとんでもねぇ事しちまったってのに!」



「ほら、こんなに胴着もはだけちゃって・・・。

困った子だね・・。こんな姿、誘ってる、としか見られないよ。」


「人の話、聞いてんのか!?俺は寿をめちゃくちゃにしちまうかもしれなかったんだぞっ!!」


軽く溜息を吐きながら、寿也は少し笑った。

「そんな他愛もない事を、吾郎君は気にしてるの?

・・・・僕はね、そんなに柔じゃないよ。」





その言葉に俺は軽い安堵の気持ちで寿也の顔を見つめた。

よかった・・・・俺は寿也を壊してはいなかった。


しかし、次の瞬間寿也の言葉は再び俺を凍りつかせた。

「それじゃぁ、罰を受けてもらおうか。」

その言葉の冷ややかな響きに背中を騒めきが走る。

寿也は俺に近づくとゆっくりと襟元へ手を伸ばした。

そしてそのまま手を下へ滑らせると帯をするりと解き、そのまま俺の両手首に巻きつけた。

「なっ・・!何するだよっ!離せっ!」

「君は僕に酷い事をしてしまったんでしょ?

それなら、それに見合った罰を受けなきゃね。」



俺は言葉を失った。

「・・・お前、まさか、その為に・・・・」

「さぁ、どうだろうね・・・。

そんなことはどうでもいいよ。

ただね、もう君に逆らう権利はないんだよ。」

そのまま寿也は帯をきつく締め上げると、自由の利かなくなった俺の胸元にゆっくりと手を差し入れてきた。





・・・continues to 「酔狂



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