触手
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【2】
「ごめんなさいね、怖い思いをさせちゃって」
背後から耳元に人が近付く気配と共に特徴のある声が囁いた。この人の口調はいつも本心の言葉なのか、心とは裏腹の言葉なのか掴み兼ねるところがある。
「でもね、あなただったら分かってくれる、理解出来ると思ったからここにお招きしたの。
あなたは何も知らない無知な子供でもないし、分かっていも分からない振りをして目を逸らそうとする大人でもない。
――――それにあなた、あたしに興味もあるしね?」
小さくからかうようなの最後の一言を聞いた時、僅かに体が強張ったが、あぁ、この人なら自分が他人にどんな目で見られているかというものが分かるのだろうと納得した。
確かに興味を持っていた。
学校内で明らかに異彩を放っているその存在を知らない者はいないだろう。
入学時から、彼は(あえて僕は彼、と呼ぶ)何かと好奇の目で見られていた。容姿、言動、彼の逐一を挙って話の種にしていた。
そうだ。皆、暇を持て余していた。力を持て余していた。だから、そんなどうでもいいような他人を餌に飢えをしのいでいた。
彼が野球部のピッチャーで、実はあの外観からは想像もつかない位出来る選手だという事はそんな風に人伝からは聞いていた。
でももし僕が今年「広報部」という係を担当させられる羽目にならなければそれ以上の関心は持たなかったかもしれない。
三年最後の夏に向け連日練習に余念のない野球部。今年は例年にない活躍が期待出来そうだ、広報もしっかり密着して取材をしてくれ。
―――全く、面倒な年に広報なんかに当たったもんだ。そんな事を思いながら向かったグラウンド。本当はそんな野暮用は適当に切り上げ帰ろうと思っていた。
が。初めてカメラのファインダー越しに彼の姿を見た時、僕は不覚にも彼に引き込まれていた。彼から視線を外せなくなった。
マウンドからバッターを見詰める立ち姿。その姿を見た時僕は一本の柳の木を連想した。風に振れるしなやかな枝。大木のような力強さはないがそのしなやかな動きはあらゆる風を受けて流す。彼の佇まいにはそんな強さがあった。そして、バッターを見据えるその目は傍観者で居続ける僕などよりずっと男の目をしていた。
それからの僕は連日彼等を追った。ファインダー越しに彼の姿、彼の視線の先を追っていた。
そして彼の揺るぎ無い視線の先にいる人物の存在。彼の放つ球を受け留める人物。
彼こそ大地に根を這う大木のようだった。
確かに僕は分かった。
この二本の木。地面の深い地下、広げた根を固く絡み合わせていると。
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