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【2】




「わかりました」
小さく答え、ドライバーはギアを入れる。
サイドブレーキを降ろしタクシーはゆっくりと走り出した。


それと同時に吾郎は座席に深く座り直し、背をシートに凭れ掛かると無言のままドライバーの後姿を見詰めた。





――――こいつは何を考えている?

自分の行動を棚に上げ思う。
この男は、自ら犯される為に自分の手で車を運転をする。
一体どこまで俺の言いなりになれば気が済むんだ?
子供じゃあるまいし俺が体を要求している事くらい理解出来るだろう。
端から無視し、あしらう事だって可能なのだ。なのにどうしていつまでも俺の言いなりになる必要がある?

ふとあの夜のドライバーの姿を思い出した。
こいつの体。
こいつの声。
俺はそれを知っている。

仮にも情が移るような状況ではなかった。
男として、人間としてのプライドを引き裂いたのだから。

狂った夏の夜の過ちだった。
俺にとっても。こいつにとっても。
なのに俺達はまた出会い、俺は自分からこいつに近付いてしまった。
犯罪者が、犯行現場に戻っていくように。


――――ぁ、そうか・・・・俺は本物の犯罪者だっけか

吾郎は静かに自嘲した。




吾郎の意思とは無関係に、車は滞りなく波を走り続ける。
タクシーは街中を抜け、歩行者もほとんどいない国道に出ていた。
あの夜と違い、外はまだ陽が高い。
吾郎は窓辺に肩肘を着き、外の景色を眺める。
外界の眩しさが鬱陶しかった。


もう何分走り続けただろか。
真夏の昼では、毒々しいネオンも霞んでしまうらしいが。
車は一軒の国道沿いにあるホテルの入り口を左折した。
人目を忍ぶように生垣に囲まれた駐車場。吾郎は黙ったままその景色を眺める。

ドライバーはメーターを落とした。


「へー、としくんはこういう所がいいんだ」
重苦しい気持ちを振り払うように吾郎は軽口を叩きながらポケットから財布を取り出しメーターの金額を支払う。
ドライバーはそれを受け取ると、事務的に言った。

「仕事はここまでです」
「なんだよそれっ、ここまで来て今更逃げようってのかよ!」
吾郎が思わず身を乗り出そうとすると

「ここからはプライベートの時間っていう事でいいんだろ」
ドライバーは吾郎の言葉を低く遮り、運転席のシートベルトを外した。



その瞬間、吾郎は軽い眩暈のような感覚を覚えた。
ドライバーの口調は吾郎が予想するものからかけ離れ過ぎていたのだ。

呆気に取られたままドライバーの行動を見詰める。
ドライバーはそんな吾郎を気にも留めない様子でドアを開け車を降りると、一人ホテルの入り口へと向かっていく。
弾かれたように吾郎もドアを開け、その背中を追った。


まるで何でもない日常のように、ドライバーは淡々とホテルのエントランスにあるパネルの前に立ち、空室のランプの付く部屋のボタンを押す。
吾郎は言葉を発する事が出来ずに、ドライバーの行動を見詰めた。
無表情のドライバーの行動に迷いは感じられなかった。

二人してエレベーターに乗り込むと、吾郎は上昇する数字をぼんやり眺める。
今まであんなに暴言を投げつけてきたというのに、今、横に立つこの人間に対して、何を言っていいのか分からない。
あまりに大きすぎる疑問は、何から手を付けたらよいのかという順番を混乱させた。

足早にドライバーは一つの部屋の前に辿り着く。
ドアを開けると、カーテンがすっかり外界を遮断し、薄暗い照明だけがぼんやり部屋を照らしている。
ダブルベッドが置かれたそれは、何の変哲もないただのラブホテルの一室だ。

ドライバーは室内に入ると自分のシャツのボタンに手を掛けた。
一つ一つ上からボタンを外していく。しっかりと着込んだシャツを脱ぐとソファの背にそっと掛け、中のTシャツも脱ぎ捨て上半身を露にした。
そしてそのままベルトに手を掛ける。


「おい」
ようやく吾郎はドライバーに向かい声を掛けた。
ドライバーはチラリと視線を吾郎に向ける。

「お前、一体どういうつもりだよ」

いきり立った歩調で吾郎は近付いた。

「どうもこうも、君が僕の体を抱きたいって言ったんだろ?」
呆れたような顔をしながら答える。

「なんで聞くのかってってんだよ、そんな事をっ!」
一度噴出した疑問は止まらない。

「大体お前はそれでいいのか?
俺はお前を犯したんだぞ?男のお前を無理やりヤっちまったんだぞ?
普通そんな奴の顔なんてもう見たくもないだろう?」

吾郎は一気に捲くし立てた。
ドライバーはそんな興奮した吾郎の顔をぽかんと眺めていたが気を取り直すように吾郎に向き合うと言った。

「あの夜の事が忘れられなくなった、なんて言うのは理由にならない?」


ドライバーは吾郎を見詰めたまま口元を引き上げた。
吾郎は初めてドライバーの乗務員カードを見た時のことを思い出す。
無表情な写真からでも整った顔をしている事は直ぐに分かった。
こうして自分を見て笑う今も、漠然と綺麗な顔をしていると思う。
でも。

――――面みてぇだ



この笑顔は偽者だ。
その位俺にも分かる。
取ってつけたような理由もある訳がない。


罠だ。
こいつは従順な被害者を装い逆に俺を陥れようとしている。

「いい度胸してんじゃねぇか」


吾郎は自分の中で結論を導き出した。
そっちがその気なら相手になるまでだ。

吾郎は鼻先が触れるほどドライバーに近付くと正面からドライバーを睨んだ。
ドライバーからも笑顔が消える。
そのまま視線を唇に落とししばらく見詰めたが、吾郎はドライバーの肩を掴むとゆっくり唇を押し当てた。

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