taxi
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【2】
佐藤寿也は抵抗しない。
仰向けになった姿勢のままただ吾郎を見詰め返すばかりだ。
冷やかな視線。
しかし、もうそれさえ、動き出した欲情を助長させるだけだった。
まだ酔いが残っている身体は、このタクシーの冷房で幾らか静められていると言うものの、体内の奥から沸きあがる熱を押さえることが出来なかった。
肩を捕まえると、そのまま開いた首筋に口付ける。
僅かな汗の味。
見知らぬ人の。
見知らぬ男の。
こんな事はもちろん初めてだった。しかし、現実離れしたこの状況に吾郎自身も溺れていた。
一度進み出した行為は止められない。
首に走る筋を伝い舌を滑らせる。
重ねた身体は自分と同じ位の胸の厚さを感じた。押し退けようとすれば押し退けられるものを。
「こういうの、もしかして初めてじゃないんじゃねぇの?」
顔を上げ、問い掛ける。
答えなどどうでもいい。
「別に俺、ホモでもゲイでもねぇけど、あんただったらヌけるかもしんねぇ、
―――っていうか、もうさ、ガマン出来そうもないんだよね。」
吾郎は自分のベルトを片手で外した。
その言葉通り、熱を持った其処はもう後戻りは出来ない状態だった。
狭い車内の運転席にそれなりの体格の男が二人、縺れ合うのはかなり窮屈だ。
性急に自分のスラックスを下ろし、運転手のベルトを外しに掛かりながら、密着した身体は次第に汗ばんでいく。
吾郎は短く荒い息をしながらその行為に没頭した。
ドライバーのファスナーを下ろし手を弄るとほんの少し、身体を強張らせた。
そんな少しの反応に安心感を抱きながら、更に奥へと指を進める。
「こういう時、男同士って都合いいな。あんたも良くなってきたんだろ?」
最低だと思う。
女に、こんな言葉など掛けた事はない。例え気持ちがなかったとしても。
なのに、今は。
この見ず知らずの男を辱め、貶めるような言葉が自分の中から止められない。
首筋を強く吸った。
暗がりだったが、吾郎は「綺麗な肌をしている」と思った。
少し湿った肌にきっと赤く痕が残っただろう。
そのまま舌を顎まで滑らせる。顎の先を小さく噛むとそこで唇を止めた。
キスをするのは下らない、と思ったからだ。
僅かに顎を上げたドライバーを見て、手の動きを止めないまま言った。
「あんたも、そんな気分だったんじゃねぇの?現に、あんた、すげぇエロい面してるぜ」
実際はと言えば、運転手の表情は決して快楽を感じているようには見えなかった。
押し殺したような、塞き止めるような息遣い。
快楽、というよりむしろ「嫌悪」と言う言葉の方がしっくりとくる位だろう。
「女ってどうしてあんなに五月蝿いんだろうな、声出せばいいってもんじゃねぇだろうよ、
どいつもこいつも…・・」
吾郎は喋り続ける。
「その点あんたはいいよ、そうやって押し黙っても体は分かりやすいもんな、
その位マグロでしおらしい位が丁度いいってもんだよ」
いつからこんなに、饒舌になったんだ?
この行為中、いつだって吾郎は無口だった。
やっぱ俺、どうかしてるな――――
だったら何処まででも、行きつく所までどうかしてやるまでだ――――
「男としたことなんてねぇからよくわかんねぇけどよ、ここ、使うんだろ?」
運転手の両腿を力づくで開き、軽く指を触れた。
「さすがにヘビーだよな、どこの誰かもわかんねぇここに入れんのはよ…
『強姦』って結構勇気いるだな」
自分の言葉が空虚に響く。
そうだ。俺のしている事は「強姦」だ。
抵抗もせず、かと言い、身体だけ生理的に快楽のようなものに委ねたこの男。
吾郎の言葉に、何一つ言葉で返さない。
ただ、視線だけは吾郎から反れる事はなかった。
吾郎がどんなに侮辱的な言葉を吐いても、揺れる事なく吾郎の眼を見続けていた。
その視線を振り払うように吾郎はその指を進める。
触れていただけの指を探るように埋めた。
「っくっ…」
はじめて運転手の口から音が漏れた。
それはただの反射だ。
しかし吾郎の気をよくするには十分だった。
ドライバーはようやく固く目を瞑り、歯を食い縛る。
「いいよ、その顔……演技じゃそんな顔出来ないぜ…」
額には薄っすらと汗の珠が滲む。
「あんた、処女だったんだな?――――あぁ、オトコに『処女』ってこたないか」
そう言いながら更に指を進めようとした、が、あまりの圧力に押し戻される。
「しょうがねぇな…」
チッと舌打ちすると吾郎は自分のスラックスのポケットを弄ると避妊具を一つ取り出した。
乱暴に封を開け中身を取り出し、指にはめる。
「これでちっとはいいんじゃねぇか?」
ぬるりとした感触が指に纏わり付く。
それを再びゆっくりと其処に押し当てた。
「ここまできて、オアズケじゃたまんねぇし」
慎重に指を進める。
少しずつ、侵入を深めていく。
ドライバーの声はもうなかった。歯を食い縛ったまま顎を仰け反らせ、その感触に耐えるように小刻みに震えていた。
「そんなに噛んだら、切れちまうぜ」
そう言う吾郎の声も僅かに震えている。
自分の僅かな動きに過敏に反応するこの身体に、今までに感じたことのない衝動を感じたのだ。
それでも、それを塞き止めるように一ミリ一ミリと体内を侵す。
それは、どうしようもないもどかしさと同時にこれ以上なくスリリングな刺激だった。
これまで、吾郎にとって前戯なんてまどろっこしいだけのものだった。
おざなりに通りすぎるはずのその時間。
それに、こんなにも興奮する。
「――――っく…」
声が漏れていたのは吾郎の方だった。
ドライバーと同じように吾郎の額にも汗が滲んでいた。
「なぁ、お前の身体、たまんねぇ……」
うわ言のように呟く。
滾る体は熱く疼いている。
長い時間を掛け、もうこれ以上指が突き進めない所まで辿り着いた時。
「――――ぁっ」
小さくはあったが明らかにこれまでの声とは違った声がドライバーの口から漏れた。
既に全身じっとりと汗ばんだ吾郎はその反応に気付いた。
「なに、あんた、今、感じた?」
意識的に今弄った所を狙う。
「っぁ…あ…」
その途端、強張ったままだったドライバーの身体が大きく震え、弓なる。
そして、苦痛の為萎えていた其処が熱を帯びた。
「ちょっと…これ、すごくね?
これってオトコだけの性感帯ってやつか…?ほんとにあるのかよ…」
独り言のようにそう言いがなら一瞬、この状況には似つかわしくない笑顔を浮かべた。
それはまるで新しい玩具を手に入れたような感覚だった。
「ここだろ…
あんた、ここがイイんだろ…?」
確信犯だ。
吾郎はその玩具を愉しむように玩ぶ。
ゆっくりと指を廻し、その反応を観察した。
ドライバーを必死でその感触に耐え、声を押し殺そうとする。
しかしその瞬間がやってくると、それでも堪えられない声が喉から溢れた。
「…はぁ…あ…」
「イイ声出せんじゃねぇかよ……ほら…」
「っう…あぁ…」
汗が流れ、滴り落ちる。
吾郎は、自分が酷く良い事をしているかのような、でも、酷い事をしているのか判断出来ない倒錯した気分だった。
「ここまでくりゃ充分だろ」
ゆっくりと指を引き抜くと、ドライバーを見下ろしながらわらった。