taxiV
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【2】
「ごちそうさま。美味しかった」
独り言のように言った後、寿也は吾郎を見て「お待たせ」と小さく微笑む。
「あぁ」
吾郎が席を立とうとすると、寿也も追い掛けるように立ち上がりながら「車、そこのパーキングに停めてあるから」と伝えた。
「分かった」
視線も向けずに答え、先に車に向かう。
これも暗黙の了解だ。
寿也はいつも車で待ち合わせ場所に訪れる。
そして、こうして待ち合わせをした後、吾郎は寿也の車の助手席に座る。
味気ない車体のタクシーと同様、寿也の自家用車も素っ気無いシルバーのセダンだ。
車では特に音楽を掛けるでもなく、ラジオを掛けるでもなく、寿也自身も少し無口になる。
先刻のカフェでの表情とは変わり、正面を見据え運転する姿はやはり造作の整った男だ。
この時はやはり寿也が何を考えているのか分からず、吾郎はタクシードライバーの寿也を思い出した。
「今日のこの後の予定は?」
ハンドルを握り、視線を動かさないまま寿也が尋ねる。
「一度、会社に戻んなきゃなんねぇ」
「そう、じゃぁそんなに時間は取れないね」
特に残念がる風でもなく事務的に返すと、寿也はそこからそう遠くないラブホテルに車を入れた。
これもいつも同じだ。
―――まるで恋人同士のデートだな
他人事のように吾郎は思う。
部屋に入りドアが閉まった途端、寿也はすぐさまキスをしてくる。
時間を惜しむように早急に寿也は吾郎の首に腕を絡め、自分から押し付けるように吾郎の中に舌を差し込んだ。
―――甘いな
脳が判断する。
舌から、寿也が口にした甘ったるい味が伝わる。寿也は分かっているのだろうか。
寿也からはいつも、先刻食べたばかりの甘い味がした。
有無も言わさず流し込まれる唾液。吾郎はそのままそれを飲み込む。
―――味見なんかしなくてもな、お前が食ったもん全部の味を俺は知ってんだよ
しかし吾郎はそれを口に出さない。
元々甘い物は得意ではなかったが不思議と不快感はなかった。
直接寿也から味わうその味を、ただ受け入れた。
「吾郎くん―――」
こんな時にも寿也は吾郎の名を呼ぶ。
全裸になって吾郎を受け入れようとする時。
吾郎が体内を突き続け、絶頂に達する時。
少しずつ声色を変化させながら、常に吾郎の名を呼び続ける。
しかしそんな時いつでも、吾郎はどうしたらいいのか分からなくなるのだ。
寿也の名を呼ぶ事など自分には出来ない。そんな資格もない。
なのに、途切れる事なく自分を呼ぶ声が寿也の名を呼び応えたいと言う衝動を生む。
あとほんの少しで「寿也―――」と口から零れそうになってしまう。
「―――っ」
歯を食い縛り、言葉を体内に押し留める。
寿也―――寿也―――寿也―――
身体の中では、その名前を叫び続けていた。
しかし。
吾郎はその感情を最後まで押し殺した。
冷静な眼差しで寿也を見る。
自分を求める寿也を観察するように淡々と律動を刻む。
それでも襲ってくる激しい衝動が込み上げると、吾郎はそれを非情なものに変換させた。
「そんなにいいのか?」
言葉を発した途端、心とは離れていく。
「こんな所に男の突っ込まれて、そんなに気持ちいいのか?
お前、変態だな―――気持ち悪ぃんだよ」
蔑み荒んだ目で寿也を見る。
寿也は薄目を開けただ吾郎を見詰め返す。
そして、寿也は自分の精を放つ瞬間まで、吾郎から目を逸らす事はなかった――――――
吾郎は一人ベッドの上にいた。寿也はシャワーを浴びている。
こうして、一人になる瞬間が嫌いだった。
自分の醜さが身に沁みる。人を傷付ける事で自分を保とうとする悪い癖―――いや、癖なんてものじゃないだろう。
性根だ。これが自分の本当の姿だ。
カチャ、という音と共にシャワー室のドアが開き、裸のままの寿也が現れる。
吾郎の後姿を見ると再びベッドの中に体を潜り込ませた。
「吾郎くん」
小さな声で名前を呼び、吾郎の頭を腕に包む。吾郎は答えない。
寿也は構わないように吾郎の頭を両手で包み顔を自分に向かせる。
伏せたままの吾郎の視線。
「吾郎くん」
慈しむような声でもう一度寿也は吾郎を呼ぶと、吾郎はようやく寿也の瞳に視線を移す。
辿り着いた寿也の表情は恐ろしい程、穏やかな微笑みだった。
「吾郎くんはさ、寂しい時ほど、乱暴になるんだよね」
そんな言葉は自分には似合わないと思った。
しかし吾郎は答えられない。
一瞬。僅かだが。
泣きそうだ。
そう思ったからだ。
「だから――――――僕にはいくらでも酷い事していいんだよ」
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