taxiV
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【4】
「吾郎くん、どうかした?」
寿也がミラー越しにチラリと顔を見た。
「いや、何でもねーよ」
吾郎は短く答えただけですぐ窓の外に視線を移す。
自分でもよく分からなかった。
いつも二人が会う時は、寿也が吾郎の携帯に連絡をしてきていた。吾郎から寿也の携帯に連絡を入れる事はまずない。
一方的なようだが、吾郎はその事に不満を感じたりしていなかった。
なのに今日は。吾郎は寿也を呼んだ。
しかも勤務中のタクシーを。
寿也の勤務するタクシー会社に電話をし、寿也の名前を告げ指名をした。
こんな事をしなくてももうしばらく時間が経てば、寿也の方から連絡を寄こす事くらい分かっていたが、それでも吾郎はそうせずにはいられなかった。
吾郎は指示した時間より大分前にそこに立つ。時間ちょうどになると、指定した場所にタクシーはやって来た。
吾郎の脇に静かに車を着けると後部座席のドアが開き「お待たせしました」と中から寿也の声がした。
無言のまま吾郎は寿也のタクシーに乗り込む。
行き先などなかった。どこでもいい、いっそ寿也の行きたい場所に連れて行って欲しいと思う。
それでも「どちらまで」と事務的に言う寿也が、まるで吾郎の気持ちを知っていて尚、試しているかのようだった。
そっぽを向いたまま何も答えない吾郎に寿也は「しょうがないな」と薄く笑って車を出した。
「僕に会いたかった?」
前の景色を見据えたまま寿也が尋ねる。
それでも吾郎は答えない。肘を窓辺に着いたまま流れる外の景色を見ている。
どうしてタクシーのこの空間の中にいると、こんなにも疎外感を感じるのだろうか。
寿也の後姿を見るのがなぜか苦しい。
「困った子だね、君は」
そう言う寿也の言葉にほんの少し安らぎを感じながら、一体この気持ちは何なのだろうと思う。
自分より、こいつの方が俺の気持ちをよく知っているんじゃないか。そんな気がした。
程なくしてタクシーは、1軒のラブホテルに着いた。
シートベルトを外そうとしている寿也は吾郎が動く気配がないのに気付き、振り向きながら声を掛ける。
「吾郎くん、行かないの?」
「あ、あぁ・・・行く」
何処か力のない吾郎の表情を見ると寿也は心配そうに慌てて運転席を降り、後部座席の吾郎の元までやって来た。
そして心配そうに吾郎を覗き見て「本当に、今日はどうかしたの?」と尋ねる。
「わりぃ、ほんと、何でもねーから」と吾郎は思わず苦笑した。
本当は吾郎は考えていた。
当たり前のようにこんな場所を目的地にする寿也は、何の抵抗もないのかと。
俺達の間には他に行く場所はないのか。
――――――ある訳ねぇよな
自答する。
それだけの関係だ。他に何もある訳がない。
□□□
いつもと同じように部屋に入ると寿也は吾郎に近付きキスをしようと腕を首に絡める。
見詰め合う一瞬の静寂。
「寿也」
吾郎は寿也の名を呼んだ。ピクリ、と寿也は動きを止める。
こんな風に吾郎が寿也の名を呼んだのは初めてだった。
僅かに寿也の表情が強張った。
だが寿也は「なに、吾郎くん?」とすぐさま微笑む。
「なんでもねぇ」
そう答えると、吾郎は自分から先に口付けた。
目を閉じ舌を交えながら、吾郎は寿也の表情を反芻する。
やっぱりそうだ。
本当は、こいつは俺を許しちゃいねぇ。
いや。
最初っから俺を嵌めようとしていただけだ。
こうやって、俺がこいつに囚われていくのをずっと待っていたんだ。
まんまと俺はその策に嵌ったって訳か。
寿也を全裸にし、肌の温もりを感じても奈落の底に落ちるような感覚がした。
どんなに身体を交えたとしても本当のこいつには届かない。
どんなに啼いても、どんな言葉を交わしたとしてもそれは寿也の偽者の姿だ。
寿也の遠さを感じながら吾郎はその肌に触れた。触れても触れてもその気持ちは埋まらない。
今の吾郎にははっきりと自分の感情が理解出来た。
俺はこいつが・・・・・・・どうしようもない位恋しい。
泣きたい位――――恋しい
寿也が俺を憎んでいる。
今となっては分かっているというのに・・・・・・
それでも悲しい習性のように快楽が近付いてくる。
こんなにも分かり合えていないのに。
いっそこの行為が、痛みだけだったらならよかった。
「愛してる」
「え」
突然の思いも寄らない吾郎の言葉に、汗ばんだ寿也が吾郎を見詰める。
しかしその言葉はすり替えられた。
「愛してるって言ってみろよ」
射るような視線で吾郎は寿也を見下ろしていた。
寿也は息を飲んだ。
咄嗟に視線が泳ぐ。吾郎はそれを見逃せなかった。
「どうした、言えねぇってか?」
嘲笑うように言葉を投げ付ける。
「そりゃそうだよな、そんな事、簡単に言える訳ねぇよなー
これっぽっちも思ってねー相手に」
「愛してるよ」
寿也は吾郎から目を逸らしながら答える。
しかしそんな寿也の態度は吾郎の苛立ちに拍車を掛けるだけだった。
「もっとだよ、もっとちゃんと俺を見て言うんだよっ!」
激しく身体を打ちつけながら声を荒立てる。
「っぁ・・・・・吾郎・・くん・・・・もう――――――」
寿也の声が次第に途絶えていく。
それが吾郎には許せなかった。
「逃げるなっ!」
寿也の肩を激しく掴んだ。
「言いながらイけよっ、俺を愛してるって言いながらイクんだよっ!」
ビクっと身体を震わせ寿也は吾郎を見返す。
しかし、寿也が見たのは汗と一緒に光るものだった。
「――――――お願いだ・・・・嘘でもいいから」
それはまるで嗚咽のようだった。
「愛してる」
寿也は小さく口にした。見下ろす吾郎の静かな視線に応えながら。
そして、一度堰を切った言葉は溢れたまま止まらない。
「吾郎くん・・・・・愛してる・・・・愛してる・・・・・」
うわ言のように何度も口にしながら寿也は果てた。
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