taxiV
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薄暗い雲が空を覆った日。
吾郎は握り締めた紙に書かれいる住所を目指していた。
『(有)サトウ 』


佐藤、などと言う名前はあまりに有り触れていてこんな所に寿也との接点がある確信はなかったが。
それでも吾郎はここを訪ねずにはいられなかった。
あの日、寿也のタクシーを見送った日から吾郎は寿也の存在を忘れようとしてきた。
恋愛でもない。もちろん友情なんかである筈がない。余りに現実離れした関係だ。

それなのに、いつの間にか自分は寿也に甘え、甘やかされながら求めすぎてしまってた。縋っていた。
だから。
全てが長すぎる夢だった、そう思おうとした。

実際あの後、寿也から連絡が来る事もなかった。
覚悟は出来ていたが、それでも何事もなかったように寿也からメールがくるのではないか、などと淡い期待を持っている自分にもゲンナリする。

吾郎は気が付くと無意識のうちタクシーを目で追っていた。
街角に立つ時、すれ違う道行くタクシーが寿也の乗っていたものと同じだと咄嗟に運転席に目をやる。
そんな事をしても意味がない。
頭では分かっていたが、自分でもどうすることも出来なかった。

もう2度と会う事はない。
そう決めた。
寿也が自分を拒絶した事も分かっている。
なのに。


俺って以外に女々しいんだな・・・・・


苦笑いしながら呆れるように思った。





「この辺か」


吾郎は辺りを見回しながら呟く。
それらしい看板などは見当たらない。
雑居ビルがいくつかあるが、どれも地味な色合いで生気の感じられるものではなかった。
ふと、近くの「安藤商店」から出て来た年配の男に声を掛ける。


「あ、ちょっといいですか・・・この辺に『サトウ』って会社ないっすかね」

「サトウ・・・サトウ・・あぁそう言えばあったねぇ」

人の良さそうな男は、暫く考えた後思い出したように言い吾郎の顔を見た。

「あった?」

「そう、でも今はないねぇ。どの位前だったか、倒産したんだよ」

「え」

「あなた、佐藤さんの知り合いかい?」

「えぇ、まぁ・・・」

「何でも主だった取引先が一方的に手を切ってきたらしくてね」

ドキリと心臓が高なる。

「それで、その佐藤さんは今は・・・」

吾郎は努めて冷静を保とうとしながら尋ねた。

「なんでも夜逃げ状態だったらしい・・・。今はどこでどうしてるんだか・・・・」

「家族も?」

「そう、お子さんも二人いたようで・・・お兄さんは一緒に仕事を切り盛りしててね。
確か『寿くん』って呼ばれてたな・・・・よく働く好青年だったんだけどねぇ。彼も今は何をしているんだろうねぇ」





――――――寿也だ


吾郎は、全身の力が抜ける気がした。
やっぱり寿也は繋がっていた。こんなところで。こんな形で。

血の気が引いていくのが分かった。

「どうもありがとうございました」
男に軽く会釈をすると吾郎はフラフラと歩き出す。


寿也の父親の経営していたその会社と取引していたと言うのはきっと以前のうちの事だ。
実際吾郎が担当をしていたのではないが、きっと死んだ先代の息子だと言う吾郎の名を知ったのだろう。

俺が寿也を襲う前に、寿也は俺の存在を知っていた。
きっと、恨むべき相手として。
吾郎は自分の知らなかった事実に愕然とした。


ならばどうしてそれを俺に告げなかった?
どうして俺とあんな関係になった?
どうしてあのまま俺の前から消えた?


恨み憎んでいたはずの俺を、どうして――――――




吾郎はその場に立ち止まり俯いた。
悔しさに似た感情に体が震えていた。
本当の事を言って欲しかった。あのまま自分の胸にだけ全てを抱えたまま、俺の前から消えて欲しくなかった。
しかし。
吾郎は顔を上げた。


――――――このままじゃいられない。

もう一度。
もう一度寿也に会って決着を付けなければいけない。
俺の知らなかった寿也の憎しみも哀しみも全部受け留めなければいけない。

それが今俺に出来るせめてもの事だ。



意を決したように吾郎は携帯を手にする。
未練がましいと思いつつ残っていた寿也のアドレス。


『もう一度だけ会いたい』

一文だけのメールを吾郎は送信した。



その時、寿也の胸のポケットで着信のバイブがなる。
路肩にタクシーを停めていた寿也はメールを読むと固く目を瞑った。


「吾郎くん――――――」



小さくその名前を口にし腕をハンドルに凭れた。
前髪がハンドルに掛かる。

「駄目じゃないか・・・・」



消え入りそうな声でそう言うと、肩を震わせた。

『わかった。今から君を迎えに行く。どこにいる?』
吾郎から戻ってきた返信を見た時、寿也は息を飲んだ。







□□□








「まさか君がここにいるとは思わなかったな」




穏やかな抑揚の寿也の声が運転席から聞こえる。

寿也は振り向きもしないまま吾郎を車に乗せた。


「僕の正体はもう分かったんだろ?」何処か達観するように溜息交じりに言う。


「あぁ」吾郎は短く答えた。


「それで?今日は何の為に僕を呼んだんだい?また僕を抱きたくなった?それとも謝罪でもしに?」


「そんな言い方するな、寿也――――――お前らしくない」


その言葉にハンドルを握る寿也の肩がピクリと動いた。

「僕らしい?君は僕の何を知っているって言うんだよ。全部・・・君に言った事も君とした事も全部嘘なんだよ?」


「でも、お前は最後まで何も言わなかったじゃないか、俺を責めるような事一度だって言ったことなんかなかったじゃいか・・・・どうしてだ?

俺を恨んでいたんだろ?お前の親父さんの会社を潰しちまった俺のことを!」



「あぁ、恨んでいたよ――――――僕はね、君が死んでしまえばいいと思ってた」


まるで歌うような口調で放ったその言葉と寿也を纏う柔らかな空気の隔たりに、狂気のようなものさえ醸し出している。

それでも吾郎は寿也に対し怒りも恐怖も感じる事が出来なかった。


「最後に一度だけ、抱かせてあげるよ」

寿也は哀しそうに笑って言った。




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