taxiW
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・










【1】



ホテルの部屋に入ると寿也は吾郎の前に立ち、コートをそっと脱がす。
スーツの上着のボタンを外し指先を首元のネクタイへ伸ばした。

「僕ね、ネクタイ結ぶの苦手だったんだ」

懐かしい思い出を語るように目を細めた。
「そんなに不器用って訳じゃないのに。どうしてもコツが掴めなかった。なんでだろうね」

ネクタイを引き抜く。
スルスルと音を立て首から解れ、寿也の手から落ちた。

床に落ちたネクタイに視線を落としながら吾郎は寿也の動きに身を任せた。


「愛してるよ―――吾郎くん」

寿也は吾郎の両頬を手で包みながら微笑む。

「もう言うな」

「君が言わせたんじゃないか」

「そうだな」
そう囁くと、寿也は唇を軽く触れてすぐに離した。

唇に寿也の感触だけが取り残される。懐かしかった。
もう2度とここに触れる事はない筈だったのに。
なのにこんなにも呆気なく、こんな気持ちが簡単に蘇ってしまう。

寿也が欲しかった。
寿也の全部を自分の物にしないと嫌だった。
身体だけじゃ我慢出来なかった。自分を想い、見ていて欲しかった。
自分が寿也を想う以上に、寿也に自分を求めていて欲しかった。




「君はずるくてわがままでその癖、淋しがりやの甘ったれで本当に苦労した」

「そりゃ最低だな」

「あぁ、最低だったよ。君は最低の男だ。独占欲の塊で、その癖素直じゃなくて」

「あぁ」

「欲張りで乱暴で常識もなくて」

「あぁ」

「おまけに獣の犯罪者だ」

「あぁ」

「君なんて大っ嫌いだったよ」

「そうか」
吾郎は思わず笑顔を浮かべた。

「出会う前から君が大っ嫌いだった――――――君は僕の人生を壊したからね」


寿也の声のトーンが僅かに落ちる。
吾郎から笑顔がさっと消えた。
僅かな間の後、手を吾郎の頬から離し寿也は俯いた。


「君のせいで僕たちの家族はバラバラになってしまった。両親の行方はまだ分からない。

同居している妹はあの時のショックからまだ立ち直っていない。
僕も父の会社が倒産した後しばらくはどうすればいいのか分からなかった。でもね決めたんだ、僕は君に復讐しようって。

どうすれば君との接点を持てるか考えた。
それでこの仕事を選んだんだ。比較的自由も利くしチャンスも多いと思ったからね。
明けの日は君の行動を調べたりもしてた」

寿也の声を聞きながら、そんな過去から寿也は自分を知っていたという事実に吾郎は驚愕していた。
そんな事には全く気付かなかった。


僕はずっと待っていた。君と出会うきっかけを。

でも、まさか、あんな出会い方をするとは夢にも思っていなかったけど」

可笑しそうに言う寿也の肩が小刻みに揺れている。


「君があそこまで節操ないなんてね。
あの時ほど、君を憎んで殺してやりたいって思ったことはなかったな」
楽しかった過去を懐かしむようにゆっくりと語った。

「でもねこれも運命なんだ、って思う事にしたんだ。
だったらその運命に則って君に復讐しようって決めた」

「その為にずっと俺と関係を続けてきたのか」

「そうだよ、吾郎くん。君は本当に可哀想な人だね。
僕はね、君をこれっぽっちも愛してなんかいないんだよ?
ずっと待ってたんだ。君が僕なしじゃいられなくなる時を。
こんな日が来るのをずっと待ってた」


寿也の顔は笑っているようにも泣いているようにも見える。
吾郎は寿也を抱き締めたいと思う反面、手を伸ばす事が出来なかった。

「だったらなんであのまま連絡してこなかった。
お前は俺に何の復讐も果たしてないじゃないか」

「君と会っていた頃よく、カフェに行ったよね」

吾郎の問いには答えず、突然の話に吾郎は訝しげな顔で寿也を見た。
「実は僕も、そんなに甘いものが得意な訳じゃないんだ」

「え?」
「知ってた?人工の甘味料はね、毒の味を騙すのに最適なんだよ」
「あ・・・」
吾郎は言葉を失った。
脳裏に寿也の甘いキスが甦る。
寿也から注ぎ込まれる甘い唾液。
その味を感じ飲み込む時、寿也を直に感じられるようで、吾郎はいつの間にかそのキスを愛していた。
だが。

あれは、寿也の殺意だった。


ぬるま湯のように温かな時間。
自分の目の前で笑っていた寿也の姿。


――――――全部幻だったのか




吾郎は空虚な絶望を感じた。





next





>> back to select menu