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【2】



寿也が自分を騙してきた事。
寿也が自分を憎しみ怨んできた事。
寿也が自分に殺意を持っていた事。


一体何が一番辛いのか分からない。
しかし、そのどれもが違う気がした。




「もう一度だけ言ってあげるよ。吾郎君、君を愛してる」





立ち竦む吾郎に届いた寿也の声。



真実か虚像なのか分からない。ただその声は余りに透明で哀しかった。
憎しみはその激しさを通り越すと後に残るのはこんなにも綺麗なんだな、吾郎は人事のように考える。
寿也に殺される程憎まれて死んでいくのか。
それも悪くねぇ、か。



でも。
じゃあなんで今、俺は生きてる?
俺は毒を騙す為の甘いキスを散々重ねてきたんじゃないのか。
寿也はとっくに俺を殺してたんじゃないのか。



「どうして俺は死んでない」
吾郎は低く呟いた。
寿也の瞳に狼狽の色が滲む。

「じゃあ、どうして俺は死んでないんだよ。お前はもうとっくに俺を殺したんじゃないのかよっ!」

自分でも理解出来ない不条理な怒りが吾郎を包んでいた。
透き通っていた寿也の声は微かに震える。

「そうだよ・・・・僕は君を殺そうとした。
僕に溺れて、僕のキスで死ぬ間抜けな男の姿を見届けようと思ってた。
ずっとずっとそうしようと思っていたよ。今度会う時こそ、今度会う時こそ、って。
それだけを願って生きてきたのに。
それなのに・・・・・」


「殺せよ」

それが寿也の望みなら叶える。それが俺に出来ることなら。



俺は寿也に殺される。




「どうしていつもいつもそうなんだ・・・・君は・・・・
そうやって全部僕に言わせて、全部僕に押し付けてっ!」


きっと吾郎を睨んだ寿也の言葉を遮るように吾郎は寿也の口を塞いでいた。
固く寿也の頭を両腕で押さえ込み、自分の唇で寿也の唇をきつく塞ぐ。
そこはあの頃と同じ甘い味がした。
それでも吾郎は舌を絡め、自分から吸い尽くすように寿也の唾液を飲み干す。


「・・・・っぅ」
寿也の喉の奥からくぐまった音が漏れていく。
吾郎の腕と唇から逃れようともがく寿也を、更にきつく腕の中に押し留めた。

全部吐き出してしまえばいい。
毒も憎しみも全部、俺の中に吐き出してしまえばいい。

意識が遠くなっていくのは行き場のない呼吸のせいなのか毒のせいなのか分からないが、吾郎は寿也の唇から決して離れようとしなかった。
長い長い時間が流れる。

「っはっ・・・はぁ」


それでも肩で息をしながら寿也は吾郎の腕の中で抵抗し逃れた。

「なんで死なねぇんだよ」

声を振り絞り吾郎は寿也を見据える。
なぜ、こんなに悔しいのか分からない。
寿也に殺される。それだけが自分に出来る唯一の事だと言うのに。
それさえ出来ない。

「なんで、俺は死なねぇんだよっ!」
整わない呼吸のまま叫んでいた。


「ずるいよ君は」

寿也の声は震えたままだ。


「なんで・・・・・なんであんな事言わせたんだ・・・・・」
「え」


「愛してるなんて・・・・嘘でもいいから、なんて・・・・
君じゃなくて・・・・どうして僕に言わせたんだ!

僕は本当に君を憎んでいた。殺したい程――――――本当に。

いつも君の事ばかり考えていた。どうしたら君が苦しむか。どうしたら君が惨めに死んでいけるか。
そればかり考えて生きてた。
なのに・・・同じなんだ。ほんの少し言葉を変えただけで・・・・・・・
「愛している」も「憎んでいる」も『囚われる』って意味じゃおんなじだった、何も変わらなかったんだよ!」


甦る時間。
零れ落ちた気持ち。
まるでその気持ちだけが真実だったように何度も口にしていた自分。

気付かぬうち。
吾郎と過ごす時間の中でいつのまに二つの感情は一つになってしまっていた。
区別がつかなくなってしまっていた。

「――――――君が言ってくれれば、僕は君を殺せたのに。
気付かないまま君を殺せたって言うのに。


どうして僕に・・・・・どうして」


寿也は今にも泣き崩れそうで、今にも消えてなくなってしまいそうに見えた。




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