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【3】
吾郎はぽつりと口を開く。震える肩のまま寿也は俯いている。
「寿――――お前には愛がどんなもんなのかなんて分かるのか?
俺には分かんねー。
愛とか何とかなんて一体どんなもんなのかなんて、俺は知らねー。
『愛してる』なんて何度も言ったよ・・・・・お前に出会う前はな。
そんなの便利な言葉でしかなかった。
その言葉だけで、気持ちなんてなくたってどうでもよくなった。
でもな、違ったんだよ、お前だけは。
どうでもよく出来ねーんだ・・・苦しいんだよ・・・・何か知らねーけど」
黙ったまま寿也は吾郎の言葉を待った。
事実、吾郎の表情は胸の苦しさを訴えるようだった。
「大体よ・・・・お前の全部が俺の思う通りになんねーと嫌だ、なんて自分勝手な感情が愛だなんて言えんのか?
お前の全部が手に入らねーと満足出来ねーなんてそんな我侭が愛だなんて言えるかよ?!
だから、俺は言えねー・・・・・
お前にだけは、言えねーんだ・・・・・」
自分の台詞を聞きながら、寿也に出会う前の自分も寿也に出会ってからの自分も最低だと思う。
これまで自分が踏み躙ってきたもの。
そして、今目の前で震えている寿也の姿。
どんな形にせよ、自分はこうして人を傷付けることしか出来ない。
愛なんて遠い存在だ。
「莫迦だな、君は」
微かな寿也の声がした。
「君はやっぱり大莫迦で可哀想な人だ。
僕は災難だよ・・・・こんな莫迦な男と出会ってしまって・・・・・」
肩を落とし俯いたままの寿也からポタリと雫が落ちる。
あぁ・・・寿は泣いているのか
俺がこいつを泣かせたのか・・・・
「淋しかった癖に・・・・
本当はずっとずっと淋しかった癖に・・・・そんな簡単な言葉も言えないで。
僕しかいなかったんだろ?
『淋しい』って叫ぶ相手なんて――――――
僕しかいなかったんだろ?」
顔を上げた寿也には頬に涙の筋がある。それでも吾郎を見る目は微笑んでいた。
「そうだな。お前しかいなかった」
それだけは真実だった。
寿也しかいなかった。
淋しい。
そんな恥ずかしい感情。
幼稚で情けない自分。
でもそんな自分を分かって欲しかった、知って欲しかった。認めて欲しかった。
そんな俺を――――――
そんな俺でも見ていて欲しい相手は寿也しかいなかった。
「もし――――――」
「・・・・?」
「もし僕等の出会いがこんな形じゃなかったから、僕達はどんな風になっていたのかな・・・・・」
「あぁ」
「友達になってたかな、それとも親友かな・・・あ、それは有り得ないか・・・・僕は君が嫌いだから」
「もし同級生だったとしたら俺もお前が嫌いだったろうな」
「じゃぁ、お互い様だね」
「あぁ」
ぽつりと会話が途切れた。
空白の時間が二人を覆う。
心の中で吾郎は考える。
でも『もし』、なんて言葉は俺達には似合わない。事実、もう俺達は知り過ぎてしまった。
「妹の姿を見るとね、君への感情を忘れちゃいけないんだ、って思った。
僕は君を憎しみ続けなきゃいけないって。それだけの事を僕らは君にされた」
寿也の口調は落ち着きを取り戻していた。
「俺は、実際お前んとこの親父さんの会社の事は知らねぇ・・・」
「え・・・でも本田の人間は『亡くなった先代の息子が取引を打ち切る事を決定した』って・・・
『義理の父親の会社に移る為にもう本田に用がなくなったから』って・・・・」
「まぁな、あの頃はうちのところも火の車で他の社員もどこかいかれて殺気だってたからな。そんな事言った奴がいるのかもしれねぇ。
でもそれだって、俺が茂野の援助の話に変なプライド持たないで素直に受けてりゃ持ち直せたかもしれねぇんだから、結局は俺の責任だ」
「・・・・そんな・・・・」
小さく声を漏らしたまま絶句した寿也は吾郎を見ていた。
固まったまま身体は動かない。
「だから、俺の罪は変わらねぇよ」
吾郎の声はどこか冷めている。
「そんな事言って・・・・君はあの時、自分のことを『本田吾郎』って言ったじゃないか」
「あ?あぁ・・・」
かつて寿也に名前を尋ねられた時、吾郎が口にした名前。
全く自分を知らない人間位には、自分の本当の名を名乗りたい・・・そんな小さなこだわりだった。
「僕はてっきり君は偽名を名乗るつもりで本田の名を口にしたんだと思ってた。
でも違かったんじゃないのか。君は本田を捨てちゃいなかった・・・・ずっとずっと・・今でも。
そうやって自分を責めて・・・・・他人を責めることもしないで・・・・・こうして僕のことを知っても・・・・」
「そんなんじゃねぇよ。俺が本田を駄目にしちまった。その事に変わりはない」
「だったら君だって一緒じゃないか・・・・どんなに足掻いてもどうにもならなくて、家族や会社が衰退していくのを目の当たりにして・・・・僕と何の違いもないだろ・・・・・
――――――僕には、君を恨む理由もなくなってしまったじゃないか・・・・・・」
寿也はフラリと後退り壁に凭れると、うな垂れ小さく歯を食い縛った。
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