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【4】




「何も残ってないよ・・・
家族も仕事も失って、君を憎むことで自分を保って生きてきたって言うのに、その憎むものもなくなって。
僕には何も残っちゃいない・・・・
おかしかっただろ?
僕一人で躍起になって一人芝居して。とんだ茶番劇だ」

こんな風に自嘲する寿也を見たことがなかった。
卑屈に歪んだ寿也の姿は、どこか過去の自分を見ているようだと吾郎は思った。


「笑えよ」

寿也の声は低く這う。
それでも吾郎は寿也を正面から見詰めたまま答えない。

「笑えって言ってるだろっ!!」

突然寿也は激しく叫んだ。
こんな風に荒立てた寿也の声を聞いた事がなかった。
俯いた前髪の隙間から上目遣いに吾郎を見る目はこれまでと違った怒りの色が光り、震えている。

「あのな・・・」


吾郎はようやく口を開いた。
「俺さ、こうやって、お前のやったこと聞いてもよ・・・・お前が憎らしいとか、復讐してやるとか全然思えねぇんだよな」

寿也は鋭く吾郎を睨んだまま吾郎の声を聞く。

「まぁ、そりゃちょっとは『お前ふざけんな』とか思うけどよ・・・
なんつーか、お前のやった事全部ひっくるめてお前らしいってーか、ひっくるめて、ま、しょうがないか、ってーか・・・
それが寿也なんだからまぁいいか、とか」

感情を逆撫でするほどに緊張感のないとぼけた声。
しかし吾郎は至って大真面目に、視線をキョロキョロさせながら慣れない様子で言葉を探す。
その仕草はこの場に似つかわしくなく、どこか子供らしくさえもあった。

「だからよ、そんな風に」

「・・・フフ」

「あ?」

不意に寿也から聞こえた小さな笑い声に、吾郎は我に返り目の前の寿也に視線を戻した。

「・・・ふふふ・・・君って人は」

寿也の目から、先刻まで光っていた怒りの色が消えている。
肩はまた小刻みに震えてたが、それが笑っているからなのか泣いているからなのか分からない。


「・・・良かった」

「あ、何がだ?」

「君を殺してしまう勇気がなくて・・・・・本当に・・・

・・・・・本当に良かった・・・・

それだけが・・・・せめてもの」



嗚咽と微かな笑いの中から聞こえた小さな声。
それは心の底から安堵した、噛み締めるような声だった。

「寿也」

震えるその声を聞いた時、吾郎はもう何も考えずに寿也を抱き締めていた。
力いっぱい寿也の身体を自分の身体に埋める。
この身体の中に溢れる寿也の全てを抱き締めたいと切望した。

誰が悪かったわけではない。
誰も寿也を非難することなど出来ない。

「俺は生きてる。ちゃんと生きてる」

「あぁ」

腕の中で微かに寿也は頷く。

「お前になんか殺されねぇよ」

「あぁ」
鼻に掛かった涙声だった。
「君は殺したってただじゃ死ななさそうだ」

「なんだと」
ふと吾郎から笑みが零れる。

「これからも俺は生きてく。お前もだ。お前も俺と生きてくんだ」

寿也は答えない。
「お前が嫌だって言っても俺がそうする」

「勝手だな」

「あぁ、俺は勝手な人間だよ。知ってんだろ」

「君の強引さはもう充分過ぎる位知ってるよ」

「じゃぁ問題ないな」


方法など分からない。でも、もう寿也を離したりしない。それだけは固く心に決める。


「でも・・・過去をなかった事になんか出来ない」

「そうだな。俺がお前を犯した罪も消えねぇ。だから、お互い様なんじゃねぇか?」

「そんな簡単に・・・」呆れたように寿也は言った。

「運命の出会い、なんだろ?」

「あ・・・」

「だったら抗うのは止めとこうぜ」

「随分都合のいい言葉だ。運命、だなんて軽々しく」

「お前だから使うんだよ」

「いつからそんな口が上手くなったんだろうね」

寿也は吾郎の腕の中から顔を上げた。
濡れた睫で吾郎を見詰めている瞳に曇りはない。



――――――ようやく本当の・・・寿也の素顔を見れた



吾郎は真っ直ぐに寿也の瞳を見詰め返した。



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