Transparent distance
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「……全く…」呆れ顔で寿也は口にした。
「一度こうしておかないと僕の言う事なんて聞いてくれないんだから」
吾郎は汗ばんだ体をベッドの上に横たえていた。
結局寿也のなされるがままに翻弄され自由を奪われ精気を吸い取られた。
口元の端から流れ出た一筋の白濁を手の甲で拭いながら寿也は溜息をつく。
「始めっから素直に聞いてればこんな回り道しなくったって済むのに」
だからこれは君のせいだと言わんばかりの口調を聞きながら吾郎は薄く目を開けた。
「―――馬鹿言うな…お前の言う事を始めっから素直に聞いててみろ…
どんどんお前はエスカレートするばっかだろ……」
――――こんなにも寿也は欲深なのかと思い知らされるくらい
かと言ってこうして抵抗してみたところで、実際辿る道としてはそう大差ないようにも思えるのだが。
そんな吾郎を見下ろしながら寿也は、名案を思いついたとばかり表情を明るくさせた。
「…あのさ、吾郎君」
このタイミングに不釣合いな声色に吾郎の表情が曇る。
「この部屋、いいものがあるんだ」
その言葉に、けだるげに頭を上げ室内を見回すが、特にこれと言って特別なものがあるようには思えない。
薄く照明の付いた部屋の中には取りあえずと言わんばかりに置かれた小さなソファが二つにガラステーブル、鏡の付いた化粧台…そんな程度だろうか。
訝しげに吾郎は寿也の目を見ると、寿也は優しく微笑んだ。
「吾郎君、この上に寝てみて」
寿也が視線を投げ掛けた先はガラステーブルだった。
寿也が言わんとしている事を理解し、吾郎は無意識に息を飲む。
ホテルの一室に置かれたそれは全く存在感を感じさせるものではない。ただの物だ。
質が良いものなのであろう、作りがしっかりしているのは見て解かる。
しかし、こうして全裸でいる自分がこの小さなガラステーブルの上に寝るなどという状況は理解が出来なかった。
いや、理解したくない、と言った方がよいかもしれない。
「壊れそうで心配?大丈夫だよ、試しに僕もちょっと座ってみたんだ。ビクともしなかったよ」
「そういう問題じゃないだろ」とは言ったもの、そういう問題もある。
――――大丈夫なのか……
一瞬でも寿也の言葉を真に受けた自分の思考を慌てて否定した。
「身体、まだ熱いだろ?きっと冷たくて気持ちいいよ」
「なんだ、その言い訳は」
「ほら、立って」
この言葉を鵜呑みにしてはいけない。その先に待っているものは、きっととんでもない羞恥だ。
寿也は吾郎の肩を優しくベッドから剥がし立たせると、支えるようにして吾郎をそこへ運ぶ。
吾郎はうな垂れたように視線を落とし自分の足を見た。
あくまでも受身とは言え、足を動かしているのは自分自身だ。
結局、そうなのだ。
寿也はガラステーブルが背になるよう吾郎を立たせ肩を離すと、ゆっくりとテーブルの淵に座らせる。
「―――つめてぇ」小さく口にした。
寿也の言葉通り、ガラスの冷やかな温度が皮膚に伝わる。と同時に触れていない筈の背中にも虫唾が走るようにその温度が駆け抜けた。
寿也はいたわるようにゆっくりと吾郎の肩を後ろへ倒してく。
皮膚と冷やかなガラスとの接点がじわじわ面へと広がる。
すっかり肩まで仰向けになったが、やはりテーブルは体より一回り小さく、頭はテーブルの隅からはみ出し顎を仰け反らせた。
立ち上がった寿也が愛おしそうに目を細め、吾郎を眺める。
「吾郎君―――――なんだか標本みたいだ」
穏やかな寿也の声が吾郎の耳に届いた。
「趣味わりぃな、観察すんのかよ」
「いいね、それ」
まるで、自分から提案したかのように話は進む。
「小学生の頃、理科の時間、顕微鏡で色んなものを観察しただろ?
ガラス板の上に玉ねぎの薄皮とか葉の断面なんかをのせてプレパラートで挟んで」
「あぁ、そういやそんな事やったな」
「あれ、僕、大好きだったんだ。目には見えないけど本当はこんな姿を隠しもっているんだ、って感動した」
「まあな」
吾郎は短く答える。大きく首を仰け反らせたまま会話をするのは多少息苦しさもあった。
しかしそれより、この状態を保ったまま延々と会話をする気にはなれなかった。まるで置き去りにされたようだ。
「吾郎君のこともそんな風に見たいな」
言葉と同時にふわりと空気が動き、寿也の唇が吾郎の額に降る。
「うつ伏せになれる?」
耳元で寿也は囁いた。
その行為がどんな状態を生むか吾郎にも容易に想像出来た。
目を覆いたくなる位グロテスクで生々しく。脳内を過った自分の姿に吾郎は唖然とする。
「出来るよね?」
質問のような形だが、決して質問ではない。それは既に決定されたものだ。
「変態だ…お前。どうかしてる」
「そうかな、でも吾郎君にだけだからいいんじゃない?
――――それに君が対応してくれるから…こうやって」
そう言いながら腕を掴み動きを促した。
吾郎は身を捩り、狭いテーブルの上で体を反転させる。
新しく触れた皮膚にガラスの滑らかな感触を感じた。ガラスは自分の体温で既に温かい。
僅かに体を屈め、頬もテーブルの淵に留める。
固いようでそれでいて肌に吸いつくような感触だった。
全身の感触をゆっくりと脳が把握していく。
胸、腹、腿、性器
自分の体重でガラスに押し潰された接した面に感じながら吾郎は困惑した。
寿也の言葉を思い返す。
――――「本当はこんな姿を隠しもっているんだ」
寿也には手に取るように分かった。
吾郎君は期待している。これから僕が発する言葉に戸惑いながらも、どうにもならない興奮を知っている。
「観察してあげる」
寿也はするりとガラステーブルの下に体を潜りこませた。
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